話してごらん
「話してごらん」
僕が妻ちゃんに新作について相談する時、よくこう言われる。
ミステリーを書くのでトリックがいる。そのトリックについて考えて、「どうにもならなくなったな」とか、「客観的な意見が欲しい」とか思った時、僕は妻に「今度の新作のことだけどさー」と話す。妻は「んー」とか「うん」とか言うことが多いがたまに「話してごらん」が出る。僕はこの「話してごらん」が好きだ。
元々、僕はアイディアだけは無限に湧いてくるクチで、人殺しのトリックを考える時も「こういう殺し方は面白いかもな」なんて空想をすることがよくある。そしていざ、この殺し方を作品に、となった時に、「現実的に可能かどうか」だとか、「読者にとってどう見えるか」だとかを知るために妻に話しかける。「話してごらん」は僕の作品を俯瞰するためのトリックだ。妻の一言でアリの目だった僕の視点は一気に舞い上がり鳥の目になる。そうして見えてくるものがある。
「この部分は意味分からん」
「それはちょっとあり得ん」
「おお、いいじゃん」
妻の口から三つ目が出れば最高。でも一つ目や二つ目でもいい。何故なら「じゃあこうするのは?」と僕のアイディア蛇口の錆が取れてどばっと発想が浮かんでくるからだ。
「AってことはBという問題がある」と妻に指摘され、(Bの問題はCに起因するな。けどDで解決できる)と僕は思い、「じゃあDなら?」と返す。このB、さらにBの原因となるCの発見は妻ちゃんによる功績だ。僕一人ならAで止まっていた思考が一気に飛んでDまで行けた。
話すと長くなるから手短かつ簡潔にまとめるが、この
ここで、「神経と神経は電気信号でやりとりしてるんだから電気が通りにくいのあったらダメじゃん」と思えた人は鋭い。
実はこの
さて、何でこの話をしたかというと妻は間違いなくこの
僕という線ではAからB、そしてC、Dとアイディアを進めていくのに時間がかかる。場合によっては途中で疲れて嫌になるかもしれない。
でも妻がAを受け止めて「BとCがダメ」と一時的にアイディアをストップしてくれると、アイディアが隙間、いわゆる「くびれ」を求めてジャンプする。結果、一人で考えるのより速くDにたどり着ける。
神経細胞の跳躍伝導は生命が進化し続けた先に得られた奇跡だが……僕と妻が出会ったこの十年で、それが達成されていると思うと感慨深い。
きっと人と人との繋がりにも、神経細胞のような何かがある……のかもしれない。
なにいろ 飯田太朗 @taroIda
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