第1話 日常

「あっついなぁ」

ぼやきながら道路の端を歩く。

どこにでもある田舎の村、見渡せば森と畑、人気ひとけのない道路。あるのはほんの商店街と気持ち程度のコンビニ。


「本当になんもない村だなぁ」

きつい坂道を登りながらまたぼやく。

暫く登り続けると視界が開け、心地の良い風とともに、ほのかに潮の香りを感じる。


「まぁでも、海のある田舎ってだけでだいぶましか。ここからの景色も最高だしな。」

流れる汗を拭い、海を眺める。


「おーい!」

呆然ぼうぜんとしていると、声が聞こえた。


「あさひー!おーい!」

声のする方に顔を向ければ、少し先にある公園から顔をのぞかせ、手を振る少女がいた。


「さすがは百貴、いつも早いな。」


「朝陽が遅いだけだよ。」


「はは、そりゃ申し訳ねぇ。」


こいつは沢渡 百貴(さわたり ゆき)

この小さな村の地主でもある沢渡家の娘だ。

俺、日高 朝陽(ひだか あさひ)とは、父親絡みで昔から仲良くしている幼なじみみたいなものだ。


黒いロングに澄んだ蒼い目、スラッとした手足に整った顔。正直、地主の娘という肩書きがなくとも、村で注目を浴びているであろう彼女が、こんな村人Aみたいな俺とつるんでて良いものかとも思うが、百貴から誘ってくるからまぁ良いのだろう。


「いやぁ。今日も暑いな〜」

肌に張りついた髪を払いながら百貴がぼやく。


「なら、わざわざこんな山の上の公園じゃなくて、もっと涼しいところで集まればいいじゃないか」


「まぁそれもそうなんだけどさ、ここからの景色が好きなんだ。それに、ここなら家が見えなくて解放された気分になれるんだよ。」

海を眺めながら百貴は眉をひそめる。


「そんなことよりさ、また聞かせてほしいな。

朝陽の学校の話。」

百貴は誤魔化すように体をくるりとさせ、ベンチに座る俺と向き合い、そのまま隣に座る。


「またか。お前も飽きないな。なんの面白みもないぞ?」


「もう!私が学校に行けないの知ってるでしょ?少しでもいいから学校の事とか色々知りたいの!」

頬を膨らませながら百貴がポコポコと俺を叩く。


そう、百貴は学校に行けないのだ。沢渡家では代々、この村を管理するとともに、神社や寺も納めている。そのため特別な修行をしなければならず、祭事について、村について、その他学業などの勉強、全てにおいて、沢渡家で行われていた。

もちろん百貴も例外なく、学校には行けない。


「怒るなよ。わかったから、叩くなって。」

俺が謝ると百貴は満足したのか、「わかればよろしい」と笑いながら叩く手をおろす。


「さてと、今日は何を話すかな。もうだいぶネタも尽きてきたんだよな〜」


「私あれ聞きたい!なんだっけあの、ゴリラみたいな先生の話!」


「あ〜、体育科の中山の話しか。良いな、ちょうど面白いやつ思い出したよ。」


そうして、俺は今日も百貴に学校の話をする。

これが俺たちの日課であり日常。

いつまでもこれが続くとは、2人とも思ってはいない。

だとしても、あんな終わり方をするなんて、いったい、誰が予想できただろうか。

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