第7話 繋がりの続き
「新しい惑星に行きたいって人は多いだろうし、その需要に応えようとしたんだろうなぁ。もしくは元々創る予定だったとか? どっちにしても、ちょっと興味はあるかも」
「残念。その会見でも言ってたけど、新しい惑星は前の惑星住民にしか行く権利がなくて、この惑星と新しい惑星間では行き来が禁止されるんですって。もしかしたら中瀬先生も、『理想』が新たな『理想』を生み出すってことに気が付いているのかもね」
「なるほど。あの人に関しては既に二週目……、いや、それ以上の人生を過ごしてるって言われても、なんら驚きはないよ」
「ぱぱー、ままー。見て、こんなに大きなカマキリ」
庭で遊ぶ海生が嬉しそうに虫かごに入れたカマキリを持ち上げ、こちらにアピールしている。
「捕まえたのは愛美だよ! 海生は蓋を閉めただけ」
「違うもん。僕が見つけたのをお姉ちゃんが取ったんだもん」
微笑ましい姉弟喧嘩が始まった。
「捕まえた愛美も、見つけた海生も、どっちも凄いわ。でも、ちゃんと後で逃がしてあげるのよ。カマキリさんもこの惑星にお引っ越ししてきたばかりなんだから」
「「はーい」」
二人はまた庭の隅っこの方へと走って行った。
「相変わらず上手く収めるもんだね。絶対、海生が拗ねると思ったのに」
「お腹を痛めて産んだだけのことはあるでしょ」
響は誇らしげに顎を上げ、コーヒーを口にした。
なんの変哲もない、こんなありふれた会話でも、二週目の人生では輝いて見えるな――成人が心からそう思った時だった。
何かが爆発したような大きな音とともに、未だかつて体験したことのない地響きが四人を襲った。
「な、なんだ?」
「きゃー」
コーヒーはマグカップから溢れ、洋服の袖にじんわりと染み込んでいく。
しかし、そんなことに構うことなく、成人は響を抱き寄せると、庭にいる子どもたちに向かって叫んだ。
「愛美、海生! そこでじっとしていなさい! すぐそっちに行く!」
「すっごい揺れてるー! パパ、これなーに?」
「いいからそこでじっとしてなさい!」
成人から怒声を浴びせられた子どもたちは、肩を竦めてしゅんとした表情になった。
成人は力任せにベランダの窓を開け、二人の元へと向かう。
「成人、今のは何? あんな地響き、今まで起きたことなんてないよ……?」
「わからない……。とにかく、地下室に行こう。家の中では一番安全なはずだ」
人工的に創られたこの惑星のどこかに、不備が生じていたのかもしれない――と成人は最悪のケースを想定しながら、駆け下りるように階段を下り、二人の元へ駆け寄った。
「二人とも、一旦手に持ってる物をここに置いて、パパとママと一緒にこっちに行くよ」
「愛美、海生、急いで。パパの言うことを聞いて」
幼いながらに親の表情から何かを感じ取ったのか、二人は何も言わずに虫かごや虫取り網を置き、成人と手を繋いだ。
地響きは収まることなく、定期的に四人を襲う。
成人はリビングの窓から部屋に入ると、家族を地下室へと行くように促した。
高梨家の家は地上階が木造となっているが、地下室は家庭用の核シェルターとなっている。
自宅の購入を決めた時、オプションとして設置したモノだった。
「そんなもの必要ないわよ」と響には散々言われたが、「子どももいるし、念のため」と成人が半ば強引に設置を決めた。
核シェルター部分は移住時に配布されたお金の一部を頭金に、残りはローンとして設置したモノだが、まさかこんなにも早く、ローンの返済が終わる前に頼ることになるとは思いもよらなかった。
四人はゆっくりと、確実に地下へと非難していく。
そして、なんとか無事、家族揃って地下に降りることが出来たものの、成人は混乱からまともな考えが出来ずにいた。
響も放心状態といった様子で、怯えるように肩で息をしている。
「パパ、ママ。さっきの音と揺れはなーに?」
海生の言葉に、成人は優しく頭を撫でることしかできなかった。
呼吸を整え、気持ちを落ち着かせるように大きな深呼吸を繰り返す。
――そうだ、テレビ……。
とにもかくにも情報を得ようと、成人は震えた指で地下室に設置されたモニターを起動させた。
半減した思考速度で、そこに映し出された映像と、数少ない生身の人間によって伝えられる番組の情報を解読していく。
「ご覧ください。『楽園』とも呼ばれる新しい惑星で、敵対した三組の組織による抗争が勃発いたしました。取材班が手にした情報によると、三組は以前より惑星の領土、企業運営による資金の分配方法などで亀裂が生じていたということです。現在の規模で交戦が続けば、あと数ヶ月と持たず、間違いなくこの『楽園』は消えて無くなってしまうでしょう。この惑星が出来てからわずか数年。こんなにも――あまりにも短い……、我々の幸せとは吹けば飛んでしまうような、その程度のものだったのでしょうか。中瀬大吉は、こんな未来を望んでいたのでしょうか」
モニター越しの視聴者に、そしてその先の中瀬大吉に向かって問いかけるように、メインキャスターは声を震わせている。
「あー、家の近くが映った! これって映画の撮影?」
「えいがだー! 僕も映るかなぁ?」
子どもたち無邪気な声が心に刺さる。
映し出された映像には、まるで一国同士の争いのような、互いの戦力を見せつけるように人々が争う姿が流れていた。
「二人とも、見ちゃダメ!」
響が抱きかかえるように二人を引き寄せ、視界を手で覆うと、モニターから出る音を消した。
そして、震える声で成人に言う。
「成人、これってリアルタイムの映像よね……?」
「そう……、書いてあるな」
外と遮断されているという物理的な理由ではない。
まるで心が閉ざされていくように、成人の耳には、呼吸の音さえ届かなくなっていた。
「こんなの……、戦争じゃない」
行き場を無くした響の言葉は、宙を彷徨って消えていく。
「ここはみんなの『理想』の中で、それぞれが幸せで新しい『現実』を手にしていて、これは俺の『希望』でもあって、『夢』だった第二の人生で……」
成人はぐちゃぐちゃになった思考の中で拾った文章を小さく呟いた。
「何でこんなことに……?」
自分の中にあるどの感情が作用したのか、成人の目から涙が溢れようとしている。
――もしかして、あの繋がりには続きがあったのか……?
そんなことを思いながら、ふと、一つの想いが頭を過る。
「あぁ……、この戦争」
「俺たちだけ助かったりしねーかな……」
――カチカチ、カチカチ……
モニターに映る映像が目まぐるしく切り替わる。
「どこかで断ち切らなきゃいけないのかもしれないな――」
パソコンの動作音の中を、大きなため息が通過する。
「理想、現実、希望、夢、そして欲望――。やはりこれらは永遠とループを繰り返す。途中までは良い傾向だったんだが……」
青年は一人、静かに呟いた。
「しかし、どんな環境を与えても、結果は変わらないか。人類は心の奥底に不安や不満、恐怖や絶望、或いは野心といった類の感情を抱いた時から、いずれ欲望へと変わるようになっているのかもしれない。だとすると『理想』を抱くことすらも、もはや残酷なことになるのか――?」
パソコンを入力する手を止め、青年は頬杖を突きながらモニターを見つめた。
「まぁ今回の収穫は中瀬大吉――親父みたいな人物のやり方じゃ世界を変えられないことがわかったってことか。結局、生ぬるいやり方じゃ、人は争いを繰り返す。突出した知能を持つだけじゃなく、強いリーダーシップも必要だ。やっぱり親父は甘いんだ」
そう言って青年はくるりと椅子を回し、モニターに背中を向けて言った。
「俺ならもっと、世界を上手く操れる」
『シミュレーション1』と表示されたモニターには、地下室で震えながら涙を流す、高梨成人が映し出されていた――。
シミュレーション 春光 皓 @harunoshin09
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