夏 (仮)

乎笹木 梨

第1話 出来損ないの男

蝉が一週間という命の短さを訴え叫んでいる夏

学生たちが課題も暑さも忘れて楽しんでいる夏

どの季節の海も変わらないのに人間が「夏の海は綺麗」という夏

僕が大嫌いな夏


夏には沢山のイベントがある、かき氷・りんご飴・夏祭り・海・浴衣・花火・そうめん…

夏祭り。「夏といえば?」というアンケートがあれば20パーセント前後の人たちは「夏祭り」と答えるに違いない。だが僕はそう答える人の考えていることがわからない。だって駐車をする場所も見つけないといけないし、会場に行くのでさえも人ごみをわけて通らないといけない。それに夏祭りの醍醐味、花火も「きゃー」とか「たまやー」とかいちいち反応している人たちがいるせいで静かに花火を楽しめないし、花火中に流れる音楽の選曲が一曲でも間違っていたら「なんでこの曲なんだよ」とイライラしてしまうし…りんご飴を買うのにも列に並んで600円前後と高い値段を払わないといけない。自分で作ったら600円なんて金額かからないのに…出店の値段が高い・人が多い_そんな祭り楽しめっこない。

「楽しめないならもう来なければ?」と5年前に母親に言われてから僕と夏祭りは遠い存在になってしまった。夏祭りは嫌いじゃない。僕は、うるさい人たちがいるから不愉快になるってだけで僕は悪くない。なのに母親は僕が悪いみたいに言うから、僕の頭の中の『夏祭り』は「夏祭り=うるさい行事」より「夏祭り=怒られる」と考えてしまうことが多くなった。怒られる行事も毎日30度越えの温度もその他諸々僕は『夏』が嫌いだった。

いや、だったんだ。あの夏を過ごすまでは、あの夏と出会うまでは_。


カーテンの隙間から零れる陽光が眩しい。眩しさで目があけれず手探りでスマホを探す。自分の体の下も頭元にもない。自室にクーラーがないから故に発生する温度にイライラしているのかスマホがないからイライラしているのか。僕は陽光や暑さを睨むように瞼を開け目を細めた。時刻を確認したいのにスマホがない。自室に時計があればスマホで時刻を確認なんてしなくてもよかったのだが、残念ながら自室に時計は一つもない。だからスマホが必要なのだ。僕は、もう一度体の下を確かめ、ベッドの上も確かめる。何度確認をしてもスマホはなかった。僕はスマホがなく焦っている脳を落ち着かせながら昨晩スマホを触った場所の記憶を頭の中でリフレインする。だが寝起きでまだ脳がしっかり起きていないからか、あまり上手く頭が回らなかった。ベッドから降りずに部屋の中を見渡す。机の上、ソファーの上…も無い。部屋を見渡してから一時して一カ所、まだ確認していない場所があることに気づいた。ベッドの下だ、僕はベッドに横になりながらベッドの下を覗いた。するとそこには、何の変哲もない透明ケースの見慣れた僕のスマホがあった。スマホを取ろうと腕を伸ばしたが届かなかった。僕は仕方なく、だるい体を起こしてベッドから降り腕を伸ばしてベッドの下のスマホを取る。ベッドの下の埃が少し付いているスマホに電源を入れると時刻は10時2分だった。その時刻を見て僕は「寝すぎた」とは思わなかった。逆に思ったよりも早起きで僕はホッとしてまたベッドに腰を掛けた。

僕は中学校も中一最初らへんで不登校状態、「高校は頑張れよ」と親に言われ危機感を覚えた僕は全日制に行くことになるがその高校も中退、そして現在18歳、求人サイトで見つけた時給850円図書館のバイトで貯めたお金でルームシェア生活を始めて明日で三年。時給850円だけじゃ一人暮らしは到底無理だから、ルームシェアをすることによって快適な僕の贅沢Lifeが送れている。

家賃は全てルームメイトの親が払ってくれているし、2LDKと自分の部屋もあるとてもいい生活ができている。ルームメイトは弟の咲楽(サクラ)だけど…

優しい弟は、仕送りが来ない兄に自分の仕送りを分けてくれる。昨年までは「息子なんだから送ってくれても…」と思っていた時期もあったが最近は自分の過去を夢に見るようになり「まあ来なくても当たり前か」と思うようになった。中学も高校もまともに行ってないなんて高学歴家系にとっては最大の恥だ。このルームシェアも愛する息子(咲楽)が「お願い」と頼んだから渋々許したものの両親が僕を許してくれたということではない。両親にはこんな出来損ないの息子で申し訳ないと思っているが、その気持ちの半面「親たちの人生のレールを子供に走らせるな」と思っているところもある。だがそんなことは言えない、そんなことを言える立場には程遠い。

ピコン。ベッドに座り込んだまま、動くのがめんどくさくなっていた僕の手の中にあるスマホが震えた。画面には咲楽からのBINEの通知が来ていた。

「今日は遅くなる。外で食べてくるよ」

咲楽らしい冷たい文面に「わかった‼」と返事をして僕は朝ご飯を食べようとベッドから立ち上がりリビングへと向かった。いつまでも「めんどくさい」なんて思っててはいけない。

重い足を持ち上げ向かったリビングは僕の部屋より少し涼しかった。リビングに入った僕はすぐクーラーのリモコンを探した。クーラーのリモコンは、いつもご飯を食べるテーブルの上に置いてあった。テレビのリモコン・クーラーのリモコン、テーブルの上に綺麗に並べてある。咲楽が並べたのだろう。僕はそんな綺麗に並べてあったリモコンを雑に手に取り冷房を26度風量強でつけた。ピッっと一番聞きたかった音が脳に響き渡った5秒後リビング中に少しずつ冷たい空気が広がった。ピコン。その通知音で僕は天国から地獄に落っこちた。

「上崎(カミサキ)くん、おはよう。急なんだけど今日バイト11時からは入れる?新人の子も遠藤さんもコロナウイルスに感染しちゃったみたいで…」

BINEの通知はバイト先図書館の責任者成沢(ナリサワ)さんからだった。無理です。とすぐに返信しようとしたが、今日発売開始のドキ署ウエハースのことを思い出し返信しようとしていた手を止めた。僕のバイト先図書館の真正面はドキ署ウエハース販売対象のコンビニだ。バイト前にコンビニでウエハースを買い、バイト中ウエハースを開封なんて幸せがあっていいものか…。僕は頭の中がその幸せの想像でいっぱいになり、移動中の暑さなんてひとかけらも頭の中にはなかった。

バイト前にウエハース、バイト中にウエハース…そうと決まれば話は早い。僕は成沢さんに「大丈夫です!」と返信をし、バイト準備を始めた。

ウエハースラインナップ何があるかな。朝ご飯もコンビニで買えばいいか。とりあえず早く行こう。

この時の僕はその考えが間違っていたのかもしれない。もし遅刻していたら、朝ご飯を食べて向かっていたら見なければ話しかけなければ、僕はこんな辛い思いをしなくても済んだかもしれない。いや、だけどあの子に会っていなければ僕は『夏』を愛すことはなかったかもしれない。会わなかったら、会っていたら。話していなかったら、話していたら。色々なことで頭がいっぱいになっている僕がこれからの人生の中で願う、一番の願いは

『君とずっと一緒にいられますように』

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