無形ノ国のアㇼㇲ

イズラ

第一章「大異変《ディザスター》」

第1話「アリス」

 子友田 憂こともだ ゆう。先月 進級したばかりの、中学2年生である。

 小学校の頃は そこそこモテて足も速かったけど、中学に入ってからは 何だかパッとしない感じ。

 運動中の下、勉強中の下、恋愛下の下。

 とにかく「パッとしない中学校生活」だが、そこそこ安定した日常を過ごしている。

 ――――いや、過ごしていた。

 奴と 出会うまでは....。





「子友田 憂さん、あなたの力が必要なんですうーー!」

「子友田 憂さん、このままでは私 帰れないですうーー!」

「子友田 憂さん、ヤバいですうーー、ヤバいんですうーー!」

「子友田 憂さん、世界があぶ..」


「 「 うっせぇんじゃ!! 」 」





「 「 イッタァァァァァイイイ!!!! 」 」


 拳骨げんこつを食らわすと、赤髪の少女――――アリスは 頭を抑えて ぴょんぴょん跳ね回った。

 まったく、いつまで......。





 ――30分前



「......美味ウマい............うまいよコレ.........!」



 菓子パンが 口の中でとろけ、染み渡るように 私の口内全体を支配して行った。

 罪深い甘さが 全身に行き渡り、それまで引き締まっていた表情筋も ほぐれるように 緩んでいく......。


「............これは 絶品。......超絶品。......朝から 並んだ甲斐があった......!」



 ようやく手に入れた 駅前の限定メロンパン。

 どうせなら 家で ゆっくり食べたかったが、やはり "焼きたてに限る" と、大通りを歩きながら 私はメロンパンをしょくしていた。


 半分ほど食べ終え、残りは家で食べようと メロンパンを袋に入れた、その時。


「......あ、あの......」



 突然 背後から声を掛けられたのだ。


「んむ?」



 振り向くと、女の子が 私のシャツの裾を 引っ張っていた。

 初めに目が行ったのは ワイン色の長い髪。

 私の肩くらいまでの 身長で、8~9歳ぐらいだろうか。

 その割には一人で歩いている様子で、学校や習い事に 向かっている ようにも見えない。


 一度立ち止まり、女の子の方に 体を向けた。

 女の子と向き合ったが、何か言い出す様子もなく じっとこちらを見つめている。

 ......小さな子供と接するのは あまり慣れていないが、迷子だったら 放って置くわけには行かないと、少し屈んで話しかける。


「......どうか、した?」



 ぎこちなく問いかけると、女の子は しばらく黙り込んでいた。


「......?」



 私が首をかしげると、意を決したように やっと口を開いた。


「あ、あなた............こ、子友田 憂さんで、よろしいでしょうか......?」



「え? ....あ、そ、そう、だけど...?」



 とても 小学校 低~中学年には 思えない口調に 少々戸惑ってしまった。


「......あの、子友田 憂さんに、おは......おはな...し......、お話が......! あり、まして.........!」



 何を怯えているのか、女の子は声が震えている。


「だ、大丈夫......?」


「だ、だい....大丈夫です....!」



 女の子は怯えながらも しっかりと私の目を見ていた。

 それは、助けを求める子猫のような。


 とにかく 道の真ん中で話すような状況では なさそうだ。

 私は女の子を連れて 近くのベンチまで行った。

 女の子をベンチに座らせ、ひとまず話を聞く。


「......で、どうしたの?」


「え、あの......その、そのその.......」



 座らせてもなお、女の子は落ち着きのない様子である。


「......何で私に話しかけたの? .....ねぇ」



 いつまでも話さない女の子に 若干 いら立ってきた私は、少しだけ強い口調で 返答を迫った。


 さらに黙ってしまう と思ったが、意外にも返事が返ってきた。


「......え、えと、私、アリスって言います......。それで、今 私、困って、いて......」



 ようやく 話の趣旨を 少しだけ聞き出すことが できた。

 つまりは 困り事があるから助けてくれ ということだ。


「......それで、その、困ってることっていうのが............。............。............」


「......?」


「............」



 突然 黙り込んでしまったアリス。


「...........」


「............」


「............」



 沈黙が続いた。

 よく見たら、アリスは 目が虚ろになっていた。

 さらに、まるで 充電の切れたロボットのように 動かなくなってしまった。


「......え?」



 今 目の前で、意味不明な事が起こっている。

 ――いや、次の瞬間 起こることに比べれば、大きな問題では なかったのかもしれない。



「 「 !!!! 」 」



 ――そう、次の瞬間、アリスの目が 急に バっと見開いたのだ。


「......っ!?」



 急に意識が戻ったと思えば、ザっと立ち上がり 屈んでいた私を見下ろしたのだ。

 そして口を開き


「子友田さん、我の願い事はたった一つです。我らの住む世界、『無形ノ国』を 救っていただきたいのです」



 突然のことで声も出ない私に向けて、アリスは先ほどとは別人のように 流暢りゅうちょうに話し始めたのだ。


「具体的に、まず我々とは別の数多の世界の中から...」


「ちょ ちょ ちょ ちょ ちょ ちょっと待て!!」



 勝手に話し始めているアリスの腕をガシっと掴んだ私は、彼女を交番まで連れて行こうと走り出した。


 ダメだ、こいつは私が相手できる子供じゃない!

  大人に頼るんだ、大人に......!


 何分か走ってるうちに、あることに気が付いた。


「......あれ?」



 私は、先ほどのベンチにいた。

 あれほど 走ったにも関わらず。交番を目指したにも関わらず......。


「ふふ、無駄ですよ」



 そのとき、いつの間に 手を振りほどいたアリスが こちらに笑みを浮かべていた。

 私が キョトンとしていると、アリスはベンチのひじ掛けに もたれ掛かって得意げに話し始めた。


「私が結界を張ったのでね」


「......??」



 未だに意味の分からない私を見て、アリスは さらに口角を上げて言った。


「つまり、あなたに話を聞いてもらうために、一時的に閉じ込めさせてもらった、ということです」


「......あなた、誰?」



 ようやく言葉が出たが、改めて 自分の質問の異常さを認識した。

 しかし、どう見ても 先ほどのアリスではないのだ。

 目つきも口調も、態度も、性格も。


「......『誰』。難しい質問ですね。......言ってしまえば、『アリス』です」


「え、でも そしたら......」



 赤髪の少女は ニコっと笑い、胸に手を当てた。


「ですが、えて名乗るのなら、『もう一人のアリス』、ですかね」





 ――何だか とんでもないことに 巻き込まれそうだ――

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