138話 全てを穿つ魔王の風の矢

 次の瞬間、メアは空を駆けた。

 そして分身スキルによって3体に分裂した光の精霊のうちの1体に斬りかかる。

 光の精霊は咄嗟に光の剣でメアの斬撃を防ぐも、あまりの力と速度に、防いだ反動で後ろに跳ね飛ばされてしまう。


「「!!」」


 動揺しつつも他の光の精霊の分身たちがメアに向けて斬りかかる。

 だが、斬りかかろうとした時にはもう、メアはそこにはいなかった。

 光の精霊の分身の背後に既に移動しており、背中を斬りつけた。


「!!」


 さきほどよりも遥かに速い速度、遥かに強い力で責め立てられる。

 光の精霊がどれだけ剣技を繰り出そうとも即座に見切られ、それどころか全く同じ剣技を返される。

 どれだけ死角から光弾を放とうとまるで後ろにも目があるかのように回避され、躱される。


 メアの持つ魔眼の力。

 右眼の《狂騒の魔眼》の能力は自身の肉体を大幅に強化し、潜在能力を無理やり引き上げる。

 左眼の《模倣の魔眼》の能力は相手の技を見ただけで模倣できるようになる。

 そしてこの2つの魔眼の同時発動による副次効果は「どんな攻撃だろうが初見で見切り、かつ即座に模倣することができる」というもの。


 そして、風魔剣ティルウィングに埋め込まれた3つ目の魔眼、《風の眼》の能力は「視界を飛ばし、第3の目で周囲を俯瞰して見ることができる」というもの。


 本来の魔眼の持ち主である剣士ユウラが使用していた際は両目を閉じなければ使えないという代償が存在した。

 しかし、魔剣として生まれ変わった今、代償は「風の眼が認めた者にしかつかえない」という制約に置き換わった。

 すなわち、メアが使っているかぎりは実質的に代償は皆無に等しい。


 これら3つ全ての魔眼を発動した彼女は、死角も存在せず、どんな初見殺しの攻撃だろうが見切り、即座に模倣し追撃が可能という世界最強の剣士と化す。


《光弾同時射撃》


 光の精霊たちは更に光弾に付与する魔力を増やし、数を1000に届くかどうかまで増やし、同時にメアに向けて光弾を放った。


 メアは体の周りに纏った竜巻を圧縮し、その全てを剣に付与し、剣を後ろに構え大きく振りかぶった。


終幕の竜巻カーテンコール


 メアは構えた剣を横に大きく薙ぎ払うと、周囲に巨大な竜巻が同時に三つ出現する。

 さながら世界の始まりと終わりに吹き荒れるとされる暴風のごとき壮大さを感じさせ、見る者に恐怖、畏怖の念を与える凄まじき竜巻。

 それは人の手で生み出せる範疇を優に超えていた。


 それらの竜巻は、メアに向けて放たれた1000近くの光弾を全て切り刻み無効化した。


「な、なんだあれは——まるで天災のような——」


 英雄ヒロはメアの開放した真の力に驚愕していた。


「クックック……クハハハハ!!!

 よくぞそこまでの領域に達した!

 我が右腕よ!!」


 一方俺は想像以上の力をその身に宿したメアの業を目にし、今までの一番の高笑いを上げる。


「何故だ——魔王でもないただの人間に、どうしてあそこまでの魔法が使える!?」

「ただの人間? 馬鹿にするな。 奴は俺の右腕だぞ?」

「くそ―—精霊!!」


 英雄ヒロが命じると、雷の精霊が前に出る。

 雷の精霊は自身の左手の先に雷の魔力を圧縮していく。

 そしてそれを一筋の槍と化し、こちらに投擲する。


《雷の大槍》

《我流竜人流槍術:雷影一閃》


 しかしカゲヌイは雷の精霊が放った雷の槍を自身の槍術で相殺した。


「大人しくそこで待ってろ、あの光の精霊が死んだら、次はお前だ」


****


 メアが放った3つの竜巻は光の精霊たちを取り囲むように周囲を動いていく。

 その時、光の精霊の1人が異変に気付く。

 竜巻に警戒している間にいつの間にかメアの気配が消えていたのだ。


《風移動》


 メアは竜巻の中から出現し、光の精霊のうちの一体に斬撃を叩き込み、それと同時に竜巻の中へ入り溶け込んだ。

 少しするとまた同じようにメアが竜巻の中から這い出て光の精霊を斬り刻み、また竜巻に移動し同化する。

 精霊の周囲を取り囲んだ竜巻の中を気配無く移動し、まるで瞬間移動のように現れ相手を斬り刻む技。


 しかし光の精霊たちは適応したのか殺気を頼りにメアの攻撃を防御し始める。


 光の精霊たち3体は、3つある竜巻それぞれの方へ光の剣を構え、いつメアが出現し攻撃してきてもカウンターで対処できるように待ち構えていた。

 ——だが、いつまで待ってもメアは出現しない。

 違和感。


「!!」

 

 光の精霊たちか気づいた時には遅く、メアは光の精霊のすぐそばまで接近してきていた。

 メアは今度は竜巻の中からではなく、上に移動し光の精霊の頭上から突撃してきたのだ。


 剣先に竜巻のごとき緑の風の魔力が吹き荒れていき、それはどんどん勢いを増していく。

 その勢いがピークに達した瞬間、メアは光の精霊の分身に向けて剣を横に薙ぎ払った。


《風神の審判》


ザァァン!!


 光の精霊の本体は寸前のところでなんとか攻撃を避けるも、分身の2体が真っ二つに斬られ、消滅してしまった。


《光の衝撃》


「!!」


 次の瞬間、光の精霊の全身が光り輝く。

 その尋常ならざる魔力の気配を感じたメアは追撃をせず咄嗟に身を引きその光の波動を回避した。


 だが放たれた光の爆発によってメアの生み出した巨大竜巻は消滅させられてしまった。


 メアは地面に着地し、剣を構えなおした。

 その時だった。


《無限再生》


 光の精霊はメアに傷つけられた傷をみるみるうちに再生していく。


「あの精霊——」


 光の精霊は、本体のみどれだけ傷つけようが再生する能力を持っていた。

 これではいくら攻撃しようがすぐに回復され意味がなくなってしまう。


〈どうするんだい?〉

「……最大威力の技で、心臓を貫く」


****


 俺は英雄ヒロを食い止めながらメアの相手を観察していた。

 ふむ、あの光の精霊も英雄ヒロと同じように無限に再生する力を持っているのか。

 それならレーヴァテインの反転スキルで——


「スルト、右腕を貸して」

「ん?」


 いつの間にか俺の横まで移動してきていたメアが突然そんなことを言いだした。


「私を矢にしてあの精霊の心臓コアにめがけて撃ってほしい」

「——は!? メアお前、何を言って——」


 それを横で聞いていたカゲヌイはメアの突拍子もない発言に目を見開く。


「いいだろう」


 だが、俺はメアの意図を全て理解し、即座に了承した。


「カゲヌイ、お前は俺がメアを撃つまでに、それを阻止されないようにあいつらを止めろ」

「簡単に言うなよ、そんなこと……!」

「お前ならできるだろう。我が左腕よ」

「……あぁもう、分かったよ!」


 カゲヌイは怒りに満ちた表情で嫌々それを了承した。

 だが、そう言いながらも心の中では信頼し任されていることを静かに喜んでいるようだった。


 俺は右腕に赤黒い魔力を圧縮し、右腕そのものを変形させていく。

 やがて右腕が竜の頭でできた巨大な砲台のような形状へと変化する。


 俺が命ずる前にメアは俺の右腕の上に降り立ちしゃがんだ。


 メアを飛ばすために右腕に風魔法を込めていると、メアの身に纏う風魔法も右腕に集まっていくのを感じる。

 俺自身の風魔法と、メア自身の風魔法が混ざり合い、一つの砲弾ブレスへと圧縮され変化していくのを感じる。


「準備はいいな?」

「いつでも」


 俺とメアがその合体技の発動準備を整えた時、背後から英雄ヒロが阻止のために動いていた。


「そんな技を発動する隙を俺が与えるとでも——」


《影雷操作》


 その瞬間、雷を纏った影が英雄ヒロの行く手を壁のように遮った。


「行かせねぇよ」

「貴様……邪魔だ!!」


 カゲヌイは英雄ヒロの聖剣の攻撃を紙一重で躱す。


「チッ——」

《雷の大槍》

 

 聖剣の攻撃を躱したのもつかの間、横から雷の精霊が投げた雷の槍が飛んできたのを自身の持つ槍で弾いた。


「貴様一人で、この俺と雷の精霊と戦えるとでも思っているのか!!」


 英雄ヒロの言う通り、カゲヌイ一人では英雄ヒロを食い止めることはできても勝つことは到底叶わない。

 更にそこに最上位の精霊まで加わればなおさらだ。


(私はもう、一人で戦わない。

 私には、あいつらがいる―—!)

「勝てなくたって——いいんだよ……!!

 だが、時間を稼げれば、それで十分なんだよ!!」


****


 俺の後ろでカゲヌイが一人で英雄ヒロと雷の精霊を食い止めていた。

 俺は後ろを見なかった。

 なぜなら、俺の左腕は俺の思った通りの仕事をこなすと、確信しているからだ。


《全てを貫き穿つ竜頭の咆哮》


 メアの了承と同時に、俺は圧縮した風魔法を砲台と化した右腕から発射した。


 風の弾丸と化したメアはこれまでの最高速で真っすぐ光の精霊の元へと向かっていく。


《魔力操作》


 だがそれは光の精霊に当たる直前で、直角に折れ曲がり向きを変えた。


「!?」


 正面から攻撃を受けるべく待ち構えていた光の精霊のタイミングを外し、態勢を崩させることに成功する。


 俺は飛ばした風魔法を敵にぶつかる直前に直角に向きを変えさせた。

 そして何度も光の精霊の方向へと向かおうとするも何度も向きを変え続け翻弄し続ける。


 これは以前魔城で戦った驚異的な魔力操作技術を持つ魔導士エウロナや、あの光の精霊が持つ魔法技術を模倣したものである。

 一度飛ばした魔法を途中で自在に軌道を変えることで敵が魔法を避けた後に追尾したり、逆に敵に当たるはずの攻撃をあえて外すことで敵を惑わせる高等魔法操作技術。


 光の精霊はさきほどと同じように殺気を頼りにいつ、どこからメアの攻撃が飛んでくるかを警戒しているが、その気配を全くつかめていないようだった。

 それもそのはず、なぜならメア本人ですらいつ自身が敵に向けて突撃するかを知らないからだ。


 いつ来るか分からないその瞬間を、メアは静かに待っている。

 だが、俺の右腕であるメアなら、それがいつだとしても、そのタイミングと同時に必殺の攻撃を敵に当ててくれるはずだと、俺は確信している。


 しばらく光の精霊を翻弄し続けた後、光の精霊が背後にわずかな隙を見せた瞬間、俺とメアはだと確信した。


「行け、我が右腕よ」

天翔あまかける風神の終曲》


 メアは、これまで繰り出した技の中で最高速の突きを光の精霊の左胸にめがけて貫いた。

 核をとてつもない威力の一撃で貫かれたことにより、光の精霊の持つ無限再生スキルは発動せず、光の精霊の体が手の先から少しずつ砕けていく。

 ——その最中、メアは光の精霊の言葉を聞いた。


「——お見事です、戦士様」

「わた し は、 あの人間に 意志を 乗っ取ら れ て——」

「ようや く 開放されま す」

「あり が と う——」


 光の精霊はそのまま光の粒子となり消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る