65話 酒場で情報屋っぽい女剣士に絡まれた

 適当に歩いていると酒場を見つけた。

 その酒場の外観は石でできた壁と木材の柱が特徴的だった。

 古くからあるのか少し寂れた様子を漂わせながらも威厳のある見た目をしている。

 入り口には二つの種族を象徴する竜の鱗とドワーフの金槌が交差するレリーフが看板に飾れている。


 木の扉を開き、中へと入る。

 長細い木のテーブルと、丸い木の椅子が並べられており、あちこちには四角いテーブル席も多く置かれている。

 カウンターには酒瓶や酒樽があり、国の内外から集めた酒が並んでいた。

 広い酒場には多くのドワーフや竜人たちが酒を飲み明かしている。

 数こそ少ないが、冒険者らしき人間もちらほら見られる。


 酒場に入った途端、何やら争う声が聞こえた。


「んだとゴラァ!もういっぺん言ってみやがれ!」

「何度でも言ってやる!てめぇらみてぇな雑な仕事しかできねぇ竜人風情が、俺たちドワーフの仕事を理解できるわけねぇっつってんだよ!」

「俺たち竜人族を侮辱したな……!てめぇ、ぶっ殺してやる!!」


 入り口の付近で鍛冶師らしき竜人とドワーフが胸倉をつかみあって言い合いをしている。

 なんだ、この国は竜人とドワーフが手を取りあっている国じゃなかったのか?

 邪魔すぎる。どこへ行ってもこの手の輩は面倒なものだな。


「通行の邪魔だ。他所へ行け」

「あぁ?」


 俺は二人に対して挑発するように言葉で切り伏せた。

 まるで燃え盛る焚火に油を投げ込むごとき所業。

 当然ながらただでさえ爆発寸前だった二人はこちらに殺意を向ける。

 竜人は斧を取り出し、ドワーフは小型のハンマーを取り出しこちらを睨みつける。


「ガキが、調子乗るんじゃねぇ!!」


 二人は同時にこちらに襲い掛かってくる。

 俺は二人の攻撃を体をひねりさらりとよけ、すかさずレーヴァテインを抜くと、剣の平の部分で竜人の頭を殴りつけ、次にドワーフの腹を殴りつけ吹き飛ばし瞬時に二人を気絶させた。

 殺してもいいが、この場で事件を起こすのも面倒だしな。


「がはっ——」

「ぐぅぉおっ——」


 二人はその場に倒れこんだ。


 周りはその光景を見て唖然としている。


「おい、あの小僧、町の衛兵でも手が付けられないあの二人を軽々と気絶させたぞ」

「それに、あの背負っている剣。異様な雰囲気を感じるぞ……?」

「ま、まさか魔剣使い……?あの年で……!?」


 俺はそれらの囁き声を意に介すことなく、何事もなかったかのように黙って酒場のカウンター席に座り込んだ。


「な、何か飲まれますか……?」


 竜人の酒場の主人が少し怯えながらもそう聞いてくる。

 どうしたものか。こういう時どんなものを頼めばそれっぽいのかよく分からん。


「主人、この人にボクのおすすめを」


 すると二つ隣の席に座っていた緑髪の女剣士がそう言い放った。


「ボクのおごりさ。遠慮せず飲んでくれて構わないよ」


 あっけらかんとした態度で俺に酒を勧める。


「ちなみにだけどこの国ではお酒は15歳から飲めるよ」


 俺が少し躊躇していたのを感じ取ったのか女剣士はそんなことを言ってくる。

 別に法律を気にしてたわけじゃないんだがな。

 まぁいいか、くれるって言うのならもらうか。

 俺がグラスに口をつけると女剣士は再び口を開いた。


「キミ、この国の人じゃないだろう?ボクもそうさ」


 こいつも他所から来たのか。

 でもまぁ、竜人とドワーフの国で普通の人間がいたら大抵の場合よその国出身だろうというのはあるが。


「さっきの腕前、見てたよ。

 一瞬で相手を傷つけずに無力化させるなんて見事だね。

 暗殺者か何かかい?」

「俺が何者であるか教える必要があるか?」

「つれないなぁ」


 俺の威圧を込めた一言にビビる様子もなく、緑髪の女剣士は手に持っていたグラスに注がれた酒を飲み干した。


「それで?君はどうしたってこの酒場に?酒が目当てなわけじゃないだろう?

 さしずめ、この国に関する情報ってとこかい?」

「…………」


 なんか情報屋っぽいけど、安易に情報もらったら金請求されそうだな。

 別にそれはいいんだが、酒場でたまたま会った奴をいきなり信用するのもな。

 俺が無言でいると女剣士はにやにやとした顔をする。


「それは無言の肯定と受け取ってもいいのかな?」

「好きに解釈しろ」

「それで、何が知りたいんだい?」


 酒場といったら情報通のマスターに聞くもんだと思ってたが、こんなやつがいるとはな。

 なかなか怪しいやつではあるが、引き出せるだけ情報を引き出しておくとするか。


「魔城についてお前は何か知ってるか?」

「魔城か、君はあれが目当てなんだね」


 女剣士は挑発するように微笑みながらそう呟く。


「この国で代々受け継がれている予言は知っているかい?」

「予言だと?」

「いずれこの世界で魔王を上回る災厄が降りかかる。

 史上最高となる魔城を作り出せ。

 そしてその起動に成功した者に城を明け渡せ。

 さすれば災厄は止められよう」


 魔王を上回る災厄。まさか、俺のことか?

 新たな魔王である俺の世界支配を止めるための予言があり、それを阻止するべく魔城を建設しているとでもいうのか。


「国民や一般の鍛冶師の人たちは信じていない人も多いみたいだけど、国王様と国お抱えの鍛冶師たちは本気みたいでね。

 その予言が現実になることを前提にそれを食い止めるために魔城を作ってるんだってさ」


 ふむ、なるほどな。

 仮に予言の災厄とやらがこの俺だとすれば、魔城を俺以外の者に渡してしまえばこの俺の脅威となり、それどころか俺の計画が阻止されてしまう可能性すらあるということか。

 そうなる前に魔城を奪い取らないとな。


「ボクが言える情報はここまで。

 もっと教えてほしかったら、君のことを教えてほしいな」

「断る」

「なんだよ、ケチ臭いなぁ」


 緑髪の女剣士は不満げな顔をする。

 ケチだとか文句を言ってきて面倒くさいので、俺は懐から金貨を一枚取り出し、弾いて放り投げた。

 女剣士はそれをキャッチする。

 貸しを作るのも面倒だしな。


「情報量だ。じゃあな」


 俺はそう言うとそのまま酒場を後にした。


 その場に残された女剣士は頬杖を付きながら静かに考え込む。


「……あれが、噂の魔王を名乗る人間か。

 当初の予定よりもずっとずっと早くこの国まで来たようだね」

「ユウラ」


 緑髪の女剣士の背後に、音もたてずに黒いローブをつけた魔導士の女性が現れる。

 その女性は常に両目を閉じているのにも関わらずまるで周りが見えているかのように平然と歩いていおり、不思議な雰囲気を醸し出していた。


「エウロナ様じゃないか。何のようだい?」

「こんなところで何をしているのですか」

「見てわからない?情報収集だよ」

「ただ飲んでいるだけのように見えますが」

「そう見えるのなら、ずっと閉じてばかりいるその目を開けてはっきり見てほしいね」

「………」


 エウロナと呼ばれた女性は懐から魔導書のようなものを取り出す。


「おいおい、冗談だって。

 まさかこんなところでコトを起こすつもりじゃないだろう?」

「貴方の態度次第です」

「ちゃんと情報は集めたさ。

 君たちが喉から手が出るほど欲しがっている情報もね」

「いいでしょう」


 すると後ろから泥酔した体格の良いハゲの男が近づいてくる。


「おいおい、良い女だなぁ、どうだ、俺と遊ぼうぜ」

「…………」

(あーあ、酔っ払いのおじさん、可哀そうに)


 緑髪の女剣士ユウラは心の中でそう呟いた。


「おい、無視すんなよねーちゃ——」

《xxxx》


 魔導士エウロナは小さな声で何か呪文のようなものを呟いた。


「はっ——がはっ——」


 次の瞬間、酔っ払いのハゲの男が口から血を吹き出しその場に倒れこんでしまった。


「ど、どうしたんだ!?」


 酒場の主人が慌てて駆け寄る。


「何か体調がすぐれないご様子。

 私たちはお暇しましょうか。ユウラ」

「分かったよ。マスター、これお代。おつりはいらないよ」


 緑髪の女剣士ユウラは酒場の主人に銀貨を数枚手渡した。


「あ、あぁ……」


 酒場を後にする魔導士エウロナのあとをユウラは小走りでついていき、酒場を出て行った。


「それで、次の集まりはいつなんだい?」

「明後日です」

「いやぁ、久々だな、いつ以来だろうかロキシス教団の幹部が集まるのは。

 といっても、この前四人やられちゃったっけ」

「街中でそういったことを軽々しく口にするのはやめなさい」

「はいはい」


 次の瞬間、さっきまでそこにいたはずの二人の姿が音もたてずに消え去った。

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