38話 倒すべき敵、新たなる目標
次の日、冒険者ギルドに向かうと何やら壁の前で人混みができている。
様子をうかがってみると壁に手配書がでかでかと貼られている。
その前で冒険者たちが集まって話しているのが聞こえてくる。
「おいおい聞いたか?例の獣人、耳狩りがまた現れたってよ」
「まじかよ……森に行くのしばらくやめようか……」
耳狩り。そんな奴がいるのか。
わざわざ人間の耳を切り取るなんてのが好きな奴がいるなんてな。
ん?待てよ、耳狩り、冒険者の耳を狩る、獣人……
俺はカゲヌイの方に目をやる。
「……? なんだ、こっち見て」
「耳狩りの正体ってもしかしてお前じゃないだろうな」
「あのな、私が人間の耳を切ったのはこの前が最初で最後だ」
カゲヌイは腕を組んでムスッとした表情でそう言う。
そうなると違うか。
野良の獣人か何かが冒険者を襲っているということになる。
一体どんな奴がどんな目的で冒険者を襲っているんだ?
しかし冒険者を襲う謎の獣人か。
これは俺の配下として条件で言えば申し分ないのではないか?
考え込んでいると、周りの冒険者たちが入り口の方を見てざわつき始めた。
「お、おい!あれを見ろ!」
「あ、あれは……!」
「聖女リカラ様!?まだこの町にいらっしゃったのか!?
冒険者たちが視線を向ける先には聖女のような恰好をして杖を構えた女性がいた。
聖女リカラ。
確か英雄ヒロの冒険者パーティの一人であり、卓越した回復魔法の技術により魔王との闘いの勝利に大きく貢献したという。
現在ではあちこちの魔物との戦場に飛び回り戦いで怪我した者たちを癒しているという。
「リカラ様!!」
リカラが冒険者ギルドに訪れたのを見て、駆け寄ってきた冒険者たちがいた。
その冒険者たちは戦士、タンク、魔法使いの三人で構成されていた。
「あら、貴方たちですか。討伐は順調ですか?」
「はい!これも全てリカラ様が推薦してくださったおかげです!」
周りの冒険者たちはその光景を見て嫉妬していた。
「おい、あいつらはなんだ?若いくせにリカラ様に話しかけるなど……」
「やめとけ、あいつらはあの若さでAランク冒険者として認められた奴らだ。
それだけでなく、リカラ様の推薦を受けている。
リカラ様の直属の部下になることが決まっているらしいぞ」
Aランク冒険者。あの若さでか。
「失礼ですが、どうしてここに?リカラ殿が視察に来るのは一週間後だと聞いていましたが……」
Aランク冒険者パーティのリーダーらしき戦士の青年が、リカラに対して質問を投げかける。
「実は例の耳狩りがまた現れたとお聞きしました。
私の回復魔法や人脈で耳狩り討伐にお役に立てないかと……」
「なんという慈悲深さ……」
「聖女といわれるだけある……」
リカラの回答に対し周りの冒険者たちが感激の言葉を漏らしている。
なんという聖人。英雄ヒロのパーティメンバーというだけある。
周りで彼女についての噂が聞こえてくる。
「リカラ様は魔物との戦いの最前線である冒険者ギルドに多大な貢献をなされている。
冒険者ギルドが経営難に陥った時も支援金を出すことを提案してくださったのもリカラ様らしい。
だから今はギルドマスター並みに権限を与えられていて、町を守るために尽力してくださっているそうなんだ」
なるほどな。
これはいいことを聞いたな。
「くっくっく、こんなところであの女に会えたことに感謝するべきだな」
聖女リカラ。英雄の仲間であり、羨望の眼差しで見られている。
そして冒険者ギルドを握っている。
まさに魔王たる俺が打ち倒すべき存在そのものではないか。
「スルト……あの人のことが気になるの……?」
聖女リカラを値踏みするような目で眺めていると右後ろにいたメアが暗黒のオーラを身にまとい、魔眼を発動していないのに右眼が赤く光っている。
「違う、そういう意味じゃない。あいつは英雄のパーティの一人なのだろう?
俺たちが潰すべき相手だ」
俺がそう説明するとメアは暗黒のオーラをひっこめた。
魔王たるこの俺がよりによって英雄の仲間を女としてみるわけがないだろうが。
奴は潰すべき対象、それでしかない。
「……同感だな」
カゲヌイが珍しく俺の発言に同調してくる。
いつも仕方なく俺の目的に協力しているという態度でやれやれ系なムーブをしていたというのに。
まぁそもそも、こいつの目的は英雄に復讐をすることだし、当然と言えば当然か。
聖女と呼ばれ英雄の仲間であり、冒険者ギルドを握っている人間。
この二つの事柄から導き出される俺のやるべきことはただ一つだ。
「決めたぞ」
「何を?」
メアが聞いてくる。
「聖女リカラ、奴を倒す。そうして冒険者ギルドを乗っ取る」
「本気か?」
カゲヌイが驚いている。
カゲヌイ自身もいつかは実現するつもりだっただろうがまさかこの町にいる間に実行するとまでは想像していなかったのだろう。
倒すべき人間がこんな近くにいるのなら狙わない手はない。
しかし常に周りに護衛がいるような奴と戦うのであればメアとカゲヌイだけでは戦力が足りんな。
冒険者共はこの俺の勧誘をことごとく断ってくるから今のところ配下増えてないし。
というかそもそも冒険者の多くは聖女リカラの信奉者のようだし、そういう意味では味方に引き入れた上で戦いに協力させるのは難しいだろう。
となると、やはりその耳狩りとやらを配下に引き入れ、聖女リカラを潰すための戦力とするのが良さそうだ。
しかし聖女と呼ばれるほどの人間すらも耳狩りを討伐しようとしているとは。
これは討伐される前に動くべきだな。
そいつを探してカゲヌイの時のように戦いを挑み打ち負かし、主人として認めさせる。
魔王軍設立のための戦力としては悪くない。
俺はさっそく受付嬢のところへと向かう。
「この耳狩りとやらの情報はあるか?」
「耳狩りですか?」
受付嬢は手元にある資料をめくり、話し始める。
「魔の森の奥地にある迷いの森の周辺で出没すると言われていますが、それ以外場所でも出没情報があるので、なんとも言えないですね。
なので、耳狩りと遭遇しないためにはできるだけ魔の森に近づかないようにと言うしか……」
受付嬢はどうやら、俺が耳狩りのことを怖がって遭遇しないために情報を聞いていると思い込んでいるようだな。
まぁ否定するのも面倒だしそのままにしておくが。
「姿や、能力についての情報はないのか?」
「あぁ、それなら……」
受付嬢は手配書を渡してくる。
それには銀髪で狼のような耳をつけた獣人が描かれている。
「実は前にあるAランク冒険者パーティが耳狩りと遭遇したのですが、唯一撃退に遭遇したんです。その時の話を参考にこの手配書は描かれているんです」
唯一耳狩りによる襲撃を撃退したというAランク冒険者パーティ。
もしかして、さっきリカラと話していた冒険者たちがそうなのか?
姿の情報があるだけでも十分だな。
手配書の下の方には耳狩りが使うという魔法についても書かれている。
「何やら特殊な魔法を使うという話もあります。万が一遭遇したらすぐ逃げるようにしてくださいね」
受付嬢は最後にその警告をしてくれる。
俺たちは冒険者ギルドの外へと出て、森に向けて歩き始める。
「スルト、今日はどこに行くの?」
「くくくっ、その耳狩りとやらに会いに行くぞ」
「会ってどうするの?」
メアがそんなことを聞いてくる。
「そんなもの、決まっているだろう。力で打ち負かし、我が配下とする」
「勝ったとしても配下にならなったらどうするんだ」
「聞かなければ殺すだけだ」
カゲヌイがだいぶ不服そうな顔をしてため息をする。
同胞を殺すかもしれないと聞いてそりゃいい気分にもならないか。
だがしかし、魔王たるもの逆らう者に容赦などすべきではないのだ。
次の目標を決めた俺たちは森に向けて出発したのだった。
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