1話 ノートに自分の脳内の妄想を書き殴ったあの日々を皆思い出そう


 俺は前世で日本と呼ばれる国に住んでいた。

 しかしそこでの人生に俺は満足することはできなかった。


 俺は子供のころとある本を読んで思ったんだ。

 将来これに出てくるような魔王になりたいと。

 自分の欲求のまま殺戮を行い、弱き者から全てを奪い、

 正義の名のもとに立ち向かってきたものを叩き潰す。

 人と人とも思わぬ残虐非道、極悪非道、悪鬼醜悪な魔王。


 こんな魔王になってみせると、そう心に誓ったのだ。

 それを心に決めて以降常に人々とは違うことをしてきた。

 まず魔王は普通の人間と同じ思考をしてはならない。

 クラスで皆が話しているような流行りの作品には目もくれず隠れた名作を見つけてブラックコーヒーを飲みながら鑑賞にふけったり、特に魔王と名の付くものは全て網羅してきた。


「あいつ、いつも端っこでよくわかんないことしてるよな」

「まぁ、本人は楽しそうだからいいんじゃない?」


 クラスメイトにはそんな風な陰口を叩かれていたが。

 ふふふ、凡人どもめ。今に見ていろ。

 俺はお前らとは違うんだ。


 俺はブラックコーヒーを飲みながらそう不敵に笑い……ゴホッゴホッ!苦ぁっ!

 い、いや、これでいいんだ。俺は人とは逆のことをするんだ。

 やがてはこの世界そのものに反逆し世界を滅亡に導いてやる!


 そう思ってある日世界への反逆への第一歩として車通りの少ない横断歩道で赤信号無視をしようと足を踏み入れた瞬間、走ってきた暴走車に撥ねられて死んでしまった。


 しかし俺には分かっている。世界そのものが俺を拒否したんだ。

 もうこの世界にいることはできない。


 死んだはずだったのに、いつまでたっても自分の意識が掻き消える感じがしなかった。

 気が付くと眩しい光の中でまるで無重力の中で浮かんでいるかのように俺の体が漂っていた。

するとどこからか優しげな女の声が聞こえた。


『――聞――ますか―?――あなたを――この世界に――転生させます』


 転生?まさか俺は事故で死んでそのまま違う世界に転生するというのか?

 成程、俺の魔王としての素質を見抜き異世界で魔王になれと言うのだろう。

 どうせ前の世界に未練なんか――

 いや、待てよ?確か――


『その代わり一つだけ――どんな願いでも――』

「魔王ノート!!」

『――え?』

「魔王ノート!俺の机の右の引き出しの中にあるやつ!

 教科書の下に厳重に南京錠で錠がされている箱の中にあるあれ!!あれだけは誰にも見られるわけにはいかない!持ってきてくれ!」

『え――え?そんなんでいいんですか?もっとこう超強い能力とか――』

「なんでも願い叶えてくれるんだろ!!早く!!」

『わー―わかりました――あと一応全属性と魔法の才能とあと特殊な魔法を使えるようにして――あと最後にお願いなんですが貴方を転生させる村の近くに洞窟に封印されている剣を――』

「はよしろやぁああああ!!」

『は――はいぃいい!!』


****


 そんなこんなあって俺はこの異世界で生まれ変わった。


 生まれたのは田舎の田舎。

 ヴェストリ国という国の南、国境沿いに位置する村の辺境伯の息子として生を受けた。

 ブードという(明らかにブドウっぽい)果物を栽培したり、ワインを作っている村らしく結構お金はあるようだ。

 貧乏な平民とか奴隷とかに生まれなくて良かったとは思う。

 なかなか子供ができなかったらしく俺はすさまじく大事に育てられた。

 しかしまだ赤ん坊だとはいえこうしてベッドの上に寝かされてただひたすら見慣れない天井を眺めているというのも退屈なものだ。


「あなた!来て来て!スルトが立ったわ!」

「おぉ!凄い!まだ生まれて一週間だというのに!」


 母さんと父さんが目の前で和気あいあいと楽しそうにしている。

 正直なところ両親はとても優しい方だと思う。

 何かあれば仕事を切り上げてでも来てくれるし、仕事で稼いだお金も将来の俺のために貯金し続けているという。

 なんて優しい両親なんだ。

 だが、だからこそ悲しまずにはいられない。

 こんなに優しい両親を遠くない未来、魔王となった己の手で殺すことになるのだからな!


「あ!笑ったわ!可愛いぃ〜」

「やけに邪悪な笑みな気がするが気のせいだな!はっはっは!」


 親馬鹿すぎて色々と心配になる両親だが無駄に察しが良いよりは全然助かるので置いておくとしよう。


「あれ、水がもうないぞ」

「本当だわ。少し待ってて」


 母さんは器の前まで歩いていくと両手をゆっくりと目の前に出し、目を閉じ唱えた。


『クリエイトウォーター』


 その瞬間、母さんの手を小さな光が包んだかと思うとその光がやがて水の塊と化し、ホースから出る水のように動きを変え器に注ぎこまれる。


「流石母さんだ!この村唯一の魔法使いなだけある!」

「それを言うならあなたもでしょう?あんな凄い土魔法を使えるんだもの」

「いやぁ照れるなぁ!」

「この子も私たちの子なんだからきっと魔法が使えるわ」

「そうなったらきっと将来は大魔導師だな!はっはっは!」


****


 使えた。


 両親がそんな話をし始めてから5年が経過し5歳になった頃、俺は両親の前で魔法を披露した。

 俺の放った大火球は目の前にあった岩を粉々に破壊し灰すら残らなかった。

当然、それを見ていた両親は後ろで唖然としていた。


「なんという才能……」

「これ、御伽話で聞くようなレベルじゃない?」


 うーん、少しやりすぎたか?

 俺がこの世界で魔王となるためには力を示すべきだとはいえ、あまり力を示しすぎても勇者的な存在が魔王が育つ前に殺す!とか言って襲撃に来るかもしれない。

 危険分子は芽が出た時点で潰すのが鉄則だからな。


「スルト!凄いね!」


 俺の魔法を見て目を輝かせながら駆け寄ってきた白桃色のショートヘアで右目が薄い赤の瞳で左目が薄い青の瞳をしている少女は俺の幼馴染のメアだ。

 うちの父親を補佐する貴族の家庭で養子として引き取られた子だ。

 いつも穏やかな口調でどこか抜けているようなやつだが剣術が好きでいつも腰に短めの木剣を刺している。

 メアもきっと俺の魔王としての才能が恐ろしくて仕方がないのだろう。


「私もできるよ、ほら!」

「「「え?」」」


 両親と俺はメアのその言葉を聞いた瞬間顔をぽかんとさせた。

 次の瞬間、メアは手を前に出すと小さな風の刃を目の前に向けて放った。

 俺ほどではないにしてもこの年で魔法を……?

 え、何。魔法使いって100人に一人いるかどうかって前に両親から聞いたんだけど。


「私もね、お母さんに見せてもらった本読んだの」

「そ、そのくらいでできちゃうの……」

「この村に魔導士の才能を持つ者が二人もいるとは……」


 両親がうろたえているとメアは顎に指を当てて考える素振りをする。


「うーん、でも私は騎士様になりたいなぁ」


 メアはこの村の特産品のワインを見に観光しに来た王都の騎士に手ほどきをしてもらったことがありそれ以来剣術にのめりこみ将来の夢は騎士とあちこちで吹聴してまわっている。

 そこまでなら少女のいたいけな夢だがメアの剣術の才能は目を見張るものがある。

 騎士が剣術を見せた時、メアはあろうことか5歳にしてその剣術を1週間練習しただけで忠実に再現して見せたのだ。

 その才能を惜しいと思った騎士からはスカウトがかかったが流石に5歳で騎士は早すぎるとメアの両親が断ったのだ。

 悔しいが剣術の才能だけなら俺よりも上だ。魔王としてこれは到底許されることではない。剣術ももっと鍛えなければ。精進が必要だな。


「騎士様になってスルトのことを守りたいなぁ」


 実力と才能で言えば最高峰。ぜひ俺の配下になってほしいところだが……見ての通り問題はあまりにも良い奴すぎることだ。

 魔王の配下としては似つかわしくない。


 だが俺が定期的に悪戯を仕掛けるのに同行させたり少しずつ悪行の魅力を教え続けているから根気よくやればいつかは悪堕ちしてくれるかもしれん。

 俺が理想とする悪になればメアを俺の配下として認めてやらんでもないと思っている。

 ――それに、メアには決定的な一つの『悪』の才能がある。それさえ開花させてしまえば容易いことだ。


「二人は凄い騎士様と大魔導士様になれるんじゃないかしら……」

「5年前に魔王が倒されたとはいえ、あちこちで魔物による被害はまだあるわけだから、スルトが魔導士になれればきっとあちこちで大活躍できるんじゃないか?」

「でもスルトをそんな危険な仕事に就かせるなんて……」


 どうやらこの世界にいた魔王は俺がこの世界に転生する少し前に既に倒されたらしい。

 魔王を倒した人物は功績を称えられ英雄としてこの国の王都で暮らしているとのことだった。


 その話を聞いた時最初は魔王がいなくて少し残念だと思ったがこれはむしろ好機だ。

 何しろ既にいる魔王を倒して成り代わる手間が省けたのだから。

 俺が新たな魔王として君臨すればいい。


「王都の魔法学園に通わせたらどうだろうか?」

「でも凄くお金かかるっていうわよ……?」

「学費のことは気にするな!もし本人が通いたいって言うのなら、いくらでも出してやれ!」

「あなた、かっこいいわ!」


 魔法学園か。この世界のことを学んだり配下となる人間を探すという意味では悪い選択肢ではない。

 だが魔王が学園で勉強するっていうのもなんだかだな。ちょっとださいような気もする。考えすぎだろうか。

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