第2話『精神科』
まず、私は精神科に通っている。東京都内の精神科で、小さなクリニックだ。
在籍する先生は、院長であり主治医の先生と女性の先生が一名の計二名。そこにケースワーカーや医療事務の人が居る小さなクリニックだ。
最近出来たため、院内は綺麗だが少し狭い。トイレも男女兼用のトイレが一つのみ。BGMとして曲が流れているといったクリニックだ。
そのクリニックに通い始めたのは二年くらい前の事になる。私の精神障害は、障害という名前の通り、過去から今でもずっと影響を及ぼしている。生涯に渡って障害と言っても過言ではないくらいに。
それでもここ二年以上定期的に通っているのは、主治医のHY先生が支えてくれているからでもある。
精神障害を抱えている人にはもしかしたら馴染みのある言葉かもしれないが、デイケアとか就労移行支援とか、そういった事を紹介してもくれた。
それらの見学や体験には行ったのだが、私の性質や性格、直観的に肌に合わないと感じるなどして結局行かなかったのは、HY先生に対して申し訳なく感じている。
本当にごめんなさい。
それでも、HY先生は笑って許してくれたり、仕方ないなぁと呆れたりしてくれるから凄く優しい先生なのだと思っている。そういう先生の事を大切にはしたいのだが、私も一人間として受け入れられる範囲と受け入れられない範囲はある。
それも見越しての先生の提案だから、割とHY先生は営業とかに向いていそうな気がすると思ったのは随分前の事だ。
そんな先生の元へ、処方薬と様子を聴いて貰うために、私は一ヶ月に一、二回通っている。曜日は固定だったり、HY先生と私の都合で変えたりと色々だが、大体午前中に済ませている。それは私の要望ありきで、HY先生が断らないためである。
年に一回程、体調不良などで行けなくなると電話が掛かってくるが、その際も申し訳なく思ってしまう。それでもその次の時に温かないつものクールスマイルで迎えてくれるのは凄くありがたいと甘えてしまう私が居る。
そんなどうしようもない私に、HY先生も愛想を尽かす事がないのは、恐らく医療費の関係だろう。お金は大切だけれど、HY先生が私をお金として見ているのか、患者として見ているのかは定かではない。
でも、少なからずちゃんと診察してくれている辺り、まだなんとか患者として診てくれているのだろう。まぁ、それを思っていてもクールな先生だからおくびにも出さないだろうけど。
個人的な先生への想いとして言えば、私はHY先生に恋をしている。優しく穏やかで、頭も切れる。しかも、笑った瞬間が子供のような純粋な笑顔でとても素敵だと思っている。先生の笑顔が見たくてわざとふざけた事を言う事もする程に素敵なのだ。
その想いをHY先生に打ち明けた事はない。故に、私の勝手な片思いなのだが、こればかりは好きになってしまったのだからしょうがない。でも、付き合う事は出来ない。
まず、HY先生は既婚者だ。いつも指輪を薬指に嵌めているから間違いない。続いて、私はHY先生にとってはただの患者であり、私から見てもHY先生は精神科医だ。
そして最後に、この物語にもタイトルになっている通り、私の見た目は男だ。生まれ持った体の性別は男性。心は女性だ。
つまり、何かが間違ってもHY先生が私を好いてくれる事はない。それが現実で、それが私の日常だ。
そもそも、私の恋愛は一度も成就したことがない。保育園の時に好いてくれていた男の子とも学校が離れてそれ以来になってしまったし、小学校で好きだった男の子ともとある一件から疎遠になってしまった。社会人の時に知り合い好きになったIT君とも私の方から縁を切って終わってしまった。
そして今、HY先生に絶賛片思い中でありながら、成就しない恋をしている。そのためか、私はあまり恋愛に執着という事がなくなってしまっている。どちらかというと、仕事や趣味が私の恋人であると言っても過言ではない。
HY先生に対しては、我を失う程の想いはない。ああ、この人好きだなぁという感覚程度だ。だからこそ、他に好きな人を見つけようと思うのだが、中々好きになる人がいないのも事実。
結局の所、私はここ三十年で誰かと恋愛した事はないのだ。
さて、話が大分脱線したので戻すと、私が精神科に通う病状は以下の通りだ。
主な傷病名:双極性障害Ⅱ型。
既往症:解離性同一性障害。
この二点が私の傷病名であり、HY先生以前から診断を受けた傷病名だ。
率直に言って、性同一性障害ではない。しかし、HY先生はそれも視野に入れているが、今の状態では判断できないそうなのだ。
それもそうだ。何が何でも性転換したいと思っているわけではない。
単に、自覚している性別と体の性別が一致しないだけだ。HY先生にどうしてもと言えば先生の事だから障害の追加はしてくれると思う。でも、私は障害を増やしたいわけではない。むしろ、減らしたいのだ。
だから、私も何も言わず今の障害を受け入れている。世の中には障害を追加して欲しいと思う人も居るらしいが、私はそうは思わない。というより、私は積極的に精神科に行ったタイプではない。仕方なく、自身で行かないとこのままではマズイと思って行ったタイプだ。
だから、障害名とか症状の重さはあまり気にしていない。それよりも、私は私を受け入れる事の方に時間が掛かったし、私自身が障害者だという事の受け入れに時間が掛かった。
何せ、私はずっと前述の障害名における症状が当たり前だと思っていたからだ。
HY先生もその点を意識してゆっくり時間を掛けようとしている。私もそれで構わないと思っている。
なぜなら、私は二十年と六年余り、ずっとこの状態を障害と認知せず生きてきた。だとしたら、あと二十六年、つまり五十代になるまで掛かろうが大した問題ではないのだ。
人生で一番輝くと言われ、人生で二番目に思い出深いと言われる時代を、私は障害とも知らず暢気に過ごしたのだから。
そのため今日も私は、HY先生を子供のように笑わせられないかと画策しながら精神科に通っている次第だ。
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