第6話 悪魔の王が現れた

 玄関の先は明かりがついているもののとても静かだった。


「おかしい…………」


 俺はひとまず、アリシャの部屋に向かった。


「お~い、アリシャっ!兄さんが帰ってきたぞ~~~」


 返事はない。


 ただただ不気味な静けさだけがこの家全体を覆っている。


 アリシャの部屋の扉を開けると、視界に広がったのは荒らされたアリシャの部屋だった。


 その瞬間、いろんなことを想像した。


「落ち着け…………クリリカさん、クリリカさんはいますか!!」


 返事はない。


「誰もいないのか…………うん?」


 ふと机に一枚の紙が置いてあった。


 俺は紙を手に取ると、文字が書かれていた。


『アリシャは私が預かった。返してほしければ、アンリーゼ王国の誇るイラナの大噴水で待つ。もしこなければ、アリシャの命はないと思え』


「な、なんだと」


 イラナの大噴水上はアンリーゼ王国の敷地の中央にある場所だ。なんで、そんな人目の付くところに、いや、そんなことを考えている場合じゃない。


 アリシャがさらわれた。


「くそっ!!」


 順調だったのに、なんでこんな時に限って…………。


 怒りと同時に沸き立つ焦りがウルの呼吸をみだし、手に持っていたシュークリームの箱を落とした。


 ふと、もう一度、紙を見ると、さらに文字がつづられていた。


『これは君に対しての手土産だ。キッチンを見てみるといい』


「ま、まさかっ!?」


 想像した。想像してしまった。


 俺は今すぐ、キッチンへと向かい、扉を開けた。


 すると、そこにはアルバゼル家に仕えていたメイドたちの死体の山のように出来上がっていた。


 そして、その中にクリリカさんの姿もあった。


「誰かは知らないが…………絶対に許さん」


 右手に持つ紙を握り潰し、血を垂らしながら、怒りをあらわにした。


 俺はすぐに準備をして、イラナの大噴水に向かった。


「この時間でもすごい人の数だ」


 イラナの大噴水上はアンリーゼ王国の観光地としてかなり有名だ。


 深夜の時間にでもならない限り、人が少なくなることはほぼない。


「ここだよな」


 イラナの大噴水の目の前で足を止めた。


 周りを警戒するも、特に気になるところはない。


 すると、後ろから禍々しい何かを感じ取った。


 咄嗟に後ろを振り向くと、突然、たくさん人たちが姿を消した。


「これは、結界か」


 すぐ剣を引き抜き、戦う姿勢をとるウルに、一人の男が拍手しながら笑う。


「うふふふふふふ、素晴らしい感知能力、さすがウルだ。誇りに思うよ」


 後ろから聞き覚えのある男性の声。


 俺は振り向くのためらった。だが、それでもっ!と振り向くとそこには、父上の姿と、眠っているアリシャの姿があった。


「ど、どうして、どうしてだっ!父上!!!」


 怒りの声を上げた。


 信じたくない、噓だと思いた。でも、今目の前にいるのはどこからどう見ても父上だ。


 あの、やさしく父上一人で俺たちを育ててくれた家族だ。


「なぜ、と言われてもな、もともとこうする予定だった」


「なぁ!?」


「お前たちを植物のように育て、ゆっくりと実が実るのを待ち、そして、ついにその時が来たのだっ!喜べ、わが息子ウルよ、ついにその時が来たのだからっ!!うふふふふう、うははははははははははははははぁ!!」


 高らかに笑った。


 満遍な笑みを浮かべた。


 その姿はまるで悪魔のようだった。


 だから、こそ俺は気づいた。父上の違和感に、父上が笑いながら、一粒の涙を流していることに。


「お前は…………


 その瞬間、笑みが消え、真顔でこちらを見た。


 そして、口角を吊り上げ、また笑った。


「ふひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」


 言葉を失う。呼吸が止まる。


 父上は笑い終わった後、別人の声色でしゃべりだした。


「よく気づきましたね。見た目も声もすべて同じはずなのですが、やはり家族だから、血がつながっているからわかるのですか?さすがですね。ほめてあげましょう」


 っと両手で拍手した。


「父上はどこだっ!お前はいったい何者だっ!お前の目的は一体なんだっ!!!」


「質問が多い。そうですね、まずウル、あなたに朗報ですよ……父上は死にました」


「なぁ!今なんて…………」


「だから、死んだんですよ。聞きますか?君の父上の最後?…………滑稽でしたよっ!!家族のために契約したとはいえ、利用されていることにすら気づけないのですから」


「し、死んだ?」


「ええ、死にましたよ。とはいえ、死んだのは昨日の夜でしたがね。まぁ耐えたほうですよ。この悪魔の王サタンと契約したにしては…………ね」


「悪魔の王サタン…………まさか、あの七厄災の一人の」


「その通りっ!よくご存じですね。いや、あなたなら知っているのは同然ですか。なにせ、あの醜い愛の聖女メシルを退けたんですから」


 悪魔の王サタン、七厄災に数えられる悪魔の王。


 目撃情報は少なく、あまり表に出ない七厄災で有名だが、その実力は七厄災の中で二番手といわれている。


 最低、災厄の悪魔の王だ。


「怖気つくのも無理はありません。なにせ、私以上に強いものなど、この世界で一人しかいないのだから」


「…………なら悪魔の王サタン、お前は目的はなんだ?なぜ、俺たちに接触したっ!!」


「ふん、私はですね。この世に自分より高位の存在が許せないんですよ。だから、より強くなるための手段を私は求めた。そして、ついに手に入れたんですよっ!理から外れるための源、純粋な魔力結晶の心臓をっ!!そう、アリシャの心臓をっ!!」


 高らかに笑顔に喜ぶ悪魔の王サタンは両手を上げて、空を見つめた。


「なぁ!?」


「そこで見ていなさい、ウル。最愛の妹が死ぬところを、そして、私が真の最強になるところを」


 悪魔の王サタンは自分の目の前にアリシャを移動させた。


 その瞬間、心の底から俺は叫んだ。


「ま、待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 初めて、全力を出した。


 火の加護、水の加護、土の加護、風の加護、光の加護、闇の加護、すべてを使用した。


 一蹴ひとけりで悪魔の王サタンの目の前まで近づき、剣を引き抜きながら振るった。


 だが、見えない壁が俺の一撃を止める。


「なぁ!?」


「無駄ですよ」


 なんだ、この見えない壁は。


 はじかれた俺は後方へ吹き飛ばされた。


「おとなしく見ていなさいと言ったはずですよ」


 悪魔の王サタンはアリシャの右胸あたりに手を添えた。


「それではいただきましょうっ!!」


 そう言って、アリシャの心臓をえぐり取った。


 アリシャの悲鳴の叫び、鮮血が飛び散り、そのまま心臓以外が地面にたたきつけられた。


 そして、悪魔の王サタンの右手には青色に輝くアリシャの心臓があった。


「これが、これこそ私が求めていたものっ!!これがやっと私は彼女を超えることができるっ!!ああ、感謝しますよ、アルバゼル家のみなさん」


「アリシャっ!!」


 俺はサタンの言葉など無視して、アリシャのもとへ駆け寄り、その身をやさしく抱きしめた。


「アリシャっ!!」


「に、兄さん…………」


「ダメだ。血が止まらない…………」


「…………に…………さ」


 涙を流しながら、アリシャの瞳に色がなくなった。


 こんなことがあっていいのか、どうして、俺たちがこんな目に合わないといけないんだ。


「なんて、美しい光景だ。冷たくなってしまった妹を胸に抱きしめ、涙を流す兄、これほど絵になる光景はありません。これは褒美です。何か願いはありますか?今なら無償でかなえてあげますよ?ただ生き返させるのはなしです」


 悪魔の囁きが聞こえる。


 その言葉を聞くだけで怒りを覚える。


 俺はゆっくりと立ち上がり、ただこう答えた。


「お前を殺すっ!!」


「ふんふん…………できるかな?人間風情が」

 


 

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