第249話
嬉しい、よりもどこか安心した、という心境が正しい表現のブリジット。ほっと胸を撫で下ろす。
「……ありがとうございま——」
「ショパンコンクールだったらどこまでいけると思ってる?」
だらけきった体勢で聴いていたサロメがふと、そんな質問に走る。口調だけは鋭く。遊びがない。
ショパンコンクール。ショパンを愛する者であれば憧れないわけがない、そんな世界三大コンクールのひとつ。一九二七年に第一回が開催されて以降、連綿と続く国際的にも権威のあるもの。
そんな質問をされるとはブリジットは思っていなかった。だからこそ少し考え、冷静に先ほどの演奏を自己評価。指が少し鍵盤をなぞる。
「……わからない、けど、一次くらいなら」
本当は二次予選。謙遜してみる。ピアノもしっかりと応えてくれて。しっかりと自分が思う通りには弾けて。だけどそれと同時に。
「ま、審査員に恵まれて、さらに運が良ければ妥当ってとこだね。それ以上は単純にショパンコンクール向きじゃない。ショパンを点でしか捉えていないんだ。それじゃ勝てない」
「……自分でも、わかっています」
数秒前に絶賛した内容とは正反対。そのカイルの指摘には、不本意ながらもブリジットは同意でもあった。
間を置いて、周知の事実に取り残されたリディアは声を上げた。
「え? そうなの? こんなにすごいのに?」
少なくとも自身は感動した。クラシックのことはよくわからないけど。それでも歴史の香りというか、今の時代では感じ取ることのできない、そんな情景すら浮かんできたのに。
両手でその熱情を抑え込むようにカイルは宥めた。「まぁまぁ」と鎮め、ひと呼吸して理由を述べる。
「とてもいい演奏であること。それは間違いないよ。ショパンを知ろうとする探究心や、単純な演奏技術。譜読みも申し分ない。少なくとも僕には弾けないショパンだ」
この世界を股にかけるカイル・アーロンソンであろうと。そこは言わない。主張する必要もない。この子は知らないだろうし。
その言葉の含み。即座にリディアは先を予想して組み立てる。
「つまり、そのショパンコンクールってのは、楽譜から忠実にショパンを読むだけじゃ勝てない。例えば、なにかそこから発展させて自分なりのエッセンスを加える、っていうのかな」
もしそうだとしたらとても厄介だね。例えるならそう、ボードゲームのように勝ち負けのルールがはっきりとしているわけでもない。いかにいい演奏が出来ようと、方向性の違いで負けることもあるということ。
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