第213話

 例えばショパンコンクールは『フレデリック・ショパン研究所』が、チャイコフスキーコンクールはロシア連邦と文化省といったように、音楽協会や国などが主催する。世界各国から参加者を集めるために、様々な媒体で発信して熱気を高めるわけだが。


 それらの縛りをオイルマネーは飛び越えてくる。むしろ、スポーツの有名選手を規格外の値段で獲得する点から賛否両論あれど、確実に話題にはなる。その後に続くかどうかは別として、賞金や副賞なども注目される。


 賛否両論、とは言ってもサロメにはあまり関心がない。どうせ自分がもらえるわけではない。お金で釣るやり方も、ピアニストのやる気を引き上げるには悪いことだとも思わない。しかしレベルが下がりそうな予感も。


「どうでもいいわよ。そんなこと社長ならわかってんでしょ?」


 あたしが調律を続ける理由。お金は欲しいけど。喉から手が三本四本出てきそうなくらいには。


 案外、目標を見失わずに貫いている心意気にルノーも感心する。


「……まぁ、そうだが」


 どうせ目の前にユーロを積まれたら秒で心変わりするんだろうけど。こいつは発言も行動も表裏一体。


 ひとり蚊帳の外からこの状況をレダは整理する。このアトリエの『なにか』が動き出す予感。


「しかしこれはある意味でスカウト、ヘッドハンティングみたいなものだね。もし結果を残すようなことがあれば、場合によっては世界に名が売れて、引き抜きもあるかもしれない。キミは色々と話題が尽きないから」


 嫌でも注目は浴びるコンクールになるだろう。そして調律師にも取材が来る。将来有望で尚且つ、男だらけの調律界隈に花。面白おかしく書かれるだろうが、以前のプレイエルの時とは比べ物にならない。


 特に優勝したピアノは知名度が上がる。ほぼ固定化している四社のピアノにつけ込む隙。失うものがなにもないメーカーは強い。


 勝手に話が進む様相にサロメは飽き飽きとして嫌気がさす。大人ってのは本当にもう。


「だから、やらないって——」


 そう否定しようとしたところでふと、時が止まるように。アイディアが降りてきた。悪知恵が働いてきた。世の中はギブとテイク成り立っている。であれば、まず先にテイクを受け取ってからでもいいはず。


「……」


 ひっそりと頭の回転が早いヤツだとはルノーも認識している。こういう『間』が空く時は大体、よくないことを閃いたんだろう。聞くのが怖い。


 ずっとストレスが溜まる一方だったサロメだが、思いついてからはスッとそれが潮のように引けていくのがわかる。遠い目で思いを馳せる。


「……一方的に条件を突きつけられるのも、それはそれで面白くないわね……」


 テイクアンドギブ。自分に不都合はない、むしろお店にもメリットがあるかもしれないので褒めてほしいくらい。

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