第184話
ハッとしたブランシュは、一度まわりを見やった後、気を取り直す。
「……あ、はい。いえ、大丈夫です。どうされました?」
なんでもないです、と気丈に振る舞った。いつも通りです、と。
その理由をレダは端的に説明。
「いや、なんか放心状態みたいだったから。疲れた?」
普段とは違う状況。メンツ。静かに森の中で演奏していそうな雰囲気の彼女には、荷が重い役割だったかもしれない、と半ば無理やり連れてきてしまったことを少し反省。
しかし、気を使わせてしまったことにブランシュは慌てて否定する。
「そんなことは、大丈夫です。ただ——」
「ただ?」
含みのある言い方にレダも興味が出てくる。この子のなにかお役に立てることが今回、できていればいいのだが。
もう一度「ただ……」と言い淀み、決意に必要な時間を溜めてから、ブランシュは吐露する。
「……すごい世界があるんだな、と。私は——」
「なんの曲にするんだ? なにかあるんだろ?」
いつの間にかそのすぐそばまで寄ってきていたベアトリスが、軽く見上げる。曲は好きにしろ、と。
その言葉通り、ブランシュには頭に浮かんでいる曲がある。リュカへ向けた、新しい一歩を踏み出すような、そんな曲が。
「……いいんですか? でも、ピアノだけだとバランスが——」
「知らん。不完全だろうとなんだろうと。心に響く曲。それでいい」
詳しい事情はベアトリスはわからない。自分は今日、ここで弾くだけ。他のことに頭を使う余地はない。
決意したブランシュ。ここにその香水のアトマイザーは……ある。偶然か、それとも必然か。なんにせよ、運がいい。
「わかりました。では……」
その曲名を耳打ち。ピアノで弾ける、と信じて。そこでふと『ベアトリス』という名前に心当たりがあることに、今更ながら気づいた。もしかしてこの人は——。
把握したベアトリスは、顔色ひとつ変えずに着席。指をストレッチ。
「……では早速始めるぞ。さっさと帰りたいんでな」
心当たり。だが、今はブランシュは考えないことにする。できる、と言ってくれたから信頼するだけ。
「はい、お願いします」
呼吸を整え、そしてカバンからひとつ、黒いアトマイザーを取り出し、首筋に塗布。ほのかに香る。それだけで充分。指に力が集まる。
「……あれは一体なにを?」
唐突に香水を使用した少女に対し、怪訝そうに眉を寄せるリュカ。そういうルーティン?
まぁ、そういう反応になるよね、とレダは安心させるために解説を挟む。
「彼女は香りを嗅ぐことで、そのイメージを音にすることができる……んだそうです。信じられませんけど」
まだその動作を見るのは二回目。自身もまだ完全には消化できてはいない。
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