第183話

「……こんなもんかな。アクリル樹脂がどれだけ影響を及ぼすのかもわからないけど」


 整音まで、とは言ってもハンマーに関しては調整するようなところはあまりなかったが、ひとまずはレダが『グラスホワイト』の調律を終える。問題は実際に弾く、となった場合。自身の試弾程度では見つからないようなアラがないとも限らない。なにせ普通のピアノとは違うのだから。


 待つこと三分ほど。


 扉が開き、そこに現れたのは血色の良くなったリュカ。着替えも済ませ、準備万端。


「ちょうどか。楽しみだね。毎回、調律後の試弾は楽しみだ」


 違いなどわからなかったけども。半年に一回調律、というのは守っている。今度からは弾いてみよう。


 もとから上を向いている人だったが、さらに清々しさが増したようにレダは感じ取る。


「自分もです。何回やっても慣れません。が、ワクワクもします。あ、来た」


 そんな他愛のない世間話をしていると、扉を開く影。サロメが入室してくる。


「あれがグラスホワイト。実物は本当にクリスタル使ってるみたいね」


 遠目でもわかる神々しさ。本物のクリスタルではないとわかりつつも、黒や木目の多い楽器において、透明感というものは新鮮。録音なんかでは意味ないけど。


 しかしレダが心配なのは、調律が気に入らないと帰ると言ったあの子。いや、理由がなくても帰りそうではある。


「彼女は——」


「はしゃぐな。さっさと弾いて帰るぞ」


 脇目も振らず、一直線に扉からグラスホワイトに向かって歩いてくる少女。ベアトリス・ブーケ。自然体でなにも気負うことなく、ピアノの前に立つ。


 とりあえず帰ってなくてよかった、とレダも安心。


「……すごいでしょ? 彼女の調律」


 自身も触れたことはあるが、倍音の響かせ方から細かい鍵盤ひとつの深さまで、最上のものに仕上がっていたことを思い出す。妥協のない芸術、と評していい。


 だがそれでも、犬猿の仲であるベアトリスはそれを認めようとはしない。聞こえるように調律した者へチクチクと刺す。


「及第点、だ。メーカーとその打鍵の深さの違いを意識しろ。まだ上がある」


「へいへい、厳しいねぇ」


 その助言はサロメの耳を、右から左へ抜けていく。が、言いたいことはわかるので少しムッともする。


「……」


 その影に隠れ、無言の少女がひとり。手を握ったり開いたり、落ち着きのない様子で佇む。


 それを不思議に思ったレダが声をかける。


「? ブランシュちゃん?」


 なんだろう、この二人に挟まれるという、死のサンドイッチ状態にやられたのだろうか。となると自分の責任が強い。

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