第159話

 ものは試し。髪をかき上げ、サロメは首筋を見せる。


「はい、じゃイメージはこれで」


 そしてチョイチョイ、っと少女を手招き。まだ半信半疑だけど。


 当然のようになにも知らされていないレダは困惑。眉を寄せる。


「……なにしてるの?」


 いきなり首を見せられても。演奏とどういう関係が?


 しかし、慣れた様子で少女は顔を近づける。目は閉じ気味。


「……失礼します」


 そしてそこにあるものを判別し、自分なりに答えを出す。たぶん、誰に言っても理解されないであろう感覚。


 なんとなく少し恥ずかしい気もするが、ここには自分達しかいないので気にしないサロメ。解説を挟む。


「この子も特殊で。香りを音に表現できる、とかなんとか」


 詳しいことは知らない。そういう話だと聞いただけ。今から検証してみよう。でも、なにをもって実験成功となるのやら?


 まじまじと少女の横顔を凝視するレダ。香りを、音に?


「……そんなこと、ある?」


 少なくとも聞いたことはない。何人もプロのピアニストと会話してきたけど。音に色が見える、という作曲家がいたのは事実、スクリャービンなど。だが、嗅覚は初耳。沸々と、興味が沸騰してくる。


 刺さる視線を感じ、なんともいたたまれない少女。イメージはできたので顔を離す。


「私も……他になんと言っていいのかわからないんですけど……そうと、しか」


 ずっとそうだったため、そうじゃないほうがわからない。嗅ぐと、自然と指が踊り出すのだからしょうがない。言語化しろ、というのは無理な話だ。


 そのやり取りを、ちゃっかり傍観者気取りで観察するサロメ。元はといえば自身の発言から飛び火しているわけなのだが。


「あーあ、困らせちゃってんじゃん。知ーらね。いいから。あたしも気にはなってた。初めて演奏聴く」


 実際には聴いたことがあるのだが、それはまた別の話。


 まだ日の浅い二人に見つめられて、少女は若干の居心地の悪さを感じつつも準備に入る。


「では、失礼します——」


 ケースを空け、ヴァイオリンを取り出す。まだ手に馴染んでいないため、一体化するような集中はできていないが、新鮮な鼓動を、脈動を肌に覚える。


 空気が変わる。西部劇でガンマン同士が今から早撃ちでもするかのような、張り詰めた緊張感。


 を破り、香りの感想を求めるサロメ。気に入っている香水。セルジュ・ルタンスのローフォアッド。


「で、どうだった?」


 果たして、音に変換するとどうなるのか。その音を纏うわけなのだから。


 問われた少女は率直な感想。ブランドも種類も全てわかっている。やはりプロが作成した香りは美しい。


「……はい。非常に透明感のある、クリアな落ち着いた『水」を感じつつも——」


 言いかけて、ふふっ、と自然に笑む。浮かんできた曲。それが絵になり、つい口元が緩んだ。

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