第121話

「はぁー、なんつー最悪なユニゾン」


 パリ北駅のプラットフォームには、常時何ヶ所かストリートピアノが置かれている。そのため、初めてこの駅に降り立って迷うと、たいていはどこかの設置場所にたどり着く。少女は、決して迷子ではない、と自分に言い聞かせつつ、聴こえてきた音に反応した。


 大屋根に覆われたこの場所は、外よりかは幾分かマシだが、それでも当然ピアノを置く環境として良いわけがない。温度も湿度も変化し、木は膨張と収縮を繰り返してピッチは安定しない。列車の音でちゃんと聴こえないし、少女は好きになれない。


「……たしかスパークスもこの駅で弾いてたわね」


 アメリカのバンド、スパークスがかつてパリ北駅に来た時、アップライトのストリートピアノを弾いてSNSにあげていた。きっと彼らの満足のいく音なんて出せないのに。まぁ、そういう目的じゃないんだろうけど。パフォーマンスだってわかっているけど。


 隅っこのほうに今も置かれているピアノ。旅行客らしき男性が弾いている。あまり上手くない。が、楽しそうだし周りも数人集まっていて聴き入っている。こういうのもありなんだろう。ピアノには様々な楽しみ方がある。


 あたし? あたしは楽しいとか、そんなものどうでもよくて。ピアニストの名前もあまり知らない。知る必要もない。


「一体、どこにたどり着くのかね。最終的に」


 あたしの終着点はどこなのだろう。少なくとも、プラットフォームにピアノを置くような駅ではない。理想としては、お金持ちと結婚して、余生はモナコあたりで毎晩パーティー。『華麗なるギャッツビー』みたいに。


「いや、『クレイジー・リッチ!』みたいに控えめで気の利く男で……いやでも、あんまり嫉妬されまくるのもなぁ……」


 その頃にはピアノも調律も忘れていたいから、ピアノとは全く関係ない人で。そんな妄想を繰り広げながら、パリの夕は暮れていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る