第99話
夜二三時過ぎ。夕食も終わり、あとは寝るだけという時間帯ではあるが、パリの街中はまだ輝きを放っている。店もほぼ開いていないのだが、マレ地区ともなるとヴィエイユ・ド・タンプル通りには、深夜も開いているバーなどがあり、若者が多く集まる。
だが、そんな喧騒から切り取られたラヴァン家邸宅。風に揺れる木々の音が、都市の賑わいを遠雷のように聞こえさせる。
「さすがにこの時間の外は寒いわね」
ひとり抜け出したサロメは、植物園のように様々な花が咲き誇る敷地内を散歩する。途中にある木製のベンチは、一体誰のためのものだろうか。余裕でひと桁の気温の中、気にせず座る。星が見えない。それもそうか。
そこへ近づく人影。
「ヴァン・ショーだ」
手に銅マグを二つ持ったユーリ。外へ出ていくサロメを見かけ、特に意味もないが追いかけてみた。中身は言った通りヴァン・ショー。つまりホットワイン。
「あらあら、どーも。貴族様のお手を煩わせてしまって」
音でとっくに気づいていたが、サロメはあえて気づかなかったフリをする。受け取ると、湯気が眼前でくゆる。
この女性の目にはなにが映っているんだろう、そんな考えからユーリはサロメと同じ方向を向く。闇、しかない。
「……敷地内を荒らされたくないからな。見張りだ」
別に聞かれてもいないが、言わないとなんだか心地悪い。なんで心地悪いのだろうか。わからないが。
「わざわざヴァン・ショーを銅マグに入れて? はー、律儀だねぇ。とりあえず座れば?」
銅マグは熱伝導が高いため、保温に優れている。そんな気遣いにも、サロメはわざとらしく嘆息した。
「でも一応、一六歳なんだけど」
フランスでの飲酒可能な年齢は、一応は一八となっている。散々、やりたい放題やってきているサロメだが、なぜかそこは律儀。
しかし、そんなこともユーリは把握している。指定された通りに横に座る。
「そっちはノンアルコール。僕はアルコール」
香りを楽しみ、ひと口飲む。体が温まり、アルコールも相まって、風が気持ちいい。
「あっつ!」
隣ではサロメが、想像よりも熱かったらしく、冷ましながらゆっくりマグに口をつける。
「……やっぱアルコール入ってるほうがいいわ。はい」
アルコールを飲み慣れているような口ぶりで、交換を申し出る。おかしい話である。
「こっちか? ……まぁいい」
一瞬、断ることも考えたが、なんだかそんな些細なことはどうでもよく感じたユーリは、スッと差し出した。
なんやかんやで断られると思っていたサロメは、銅マグとユーリの顔を交互に見る。
「おほっ。いいの? 貴族様がこんな極悪なことをねぇ」
と言いつつも、交換してズズッと飲む。熱い、けど、アルコールありなら我慢できる。
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