グロトリアン・シュタインヴェルク『シャンブル』

第36話

 パリに住む人々にとって、『世界一』と豪語する古書店がある。それは大きさが世界一なのか? そうではない。では、蔵書数か? それも違う。『美しさ』が世界一だという。


 それはどのような美しさなのか。パリの人々に訊いても返ってくるのは、『全体的に』や『目の前のセーヌ川』といった答えが返ってくる。そんな曖昧な答えしかないにも関わらず、世界で最も美しい書店のひとつに選出されている。


 美しさとは人それぞれの好みがあるため、絶対というものはない。だが、カフェも併設されているその二階建ての古書店は、色とりどりの古書を陳列させ、天気の良い日にはカフェテラスを出し、暖色の効いた照明に照らされ、今日も形のない、見る人によって変わる『なにかの美しさ』を表している。


「……本当に書店にピアノがあるのね」


 聞いていたが、本の山に隠れるようにピアノが存在感を放っている。しかもさすが最古とまで言われるピアノ製造会社のひとつ。禍々しいオーラを放っているような、不思議な圧力を感じ、サロメはひとつ深呼吸した。先ほど食べた抹茶の味がまだする。


「てか、何冊あるの? 本からも圧力感じるのは初めてだわ」


 キョロキョロと、三メートル近くある天井までギッシリと詰まった本棚だらけの店内を見上げ、何とも言えぬ緊張が走ったサロメは、なんとなくお腹がモゾモゾする感じに襲われる。一見、自分に興味のある本はなさそうだが、これだけあればなにかありそう、と考える。


「サロメ・トトゥさんかい? オーナーのマチューだ。よろしく。配信見てたよ」


 と、握手を求めてきたのは、この店三代目の店主であるマチュー・カッセル。気のいい兄貴分といった、爽やかな四〇歳。


「お願いします。だいぶ長いこと使ってなさそうですけど、なんで今回調律しようと?」


 早速、挨拶もそこそこに仕事にサロメは取りかかる。まずは情報。どれくらい使っていないのか、最後に調律したのはいつか、どのくらい直したいのか。時間と料金が変わってくる、大事な部分だ。


 調律師は、基本的に話し合うことから始まる。料金もそうだが、一見で問題箇所が見つかるかはわからないため、こういうことがよく起きる、こういう音がするなど、経験から解決できるかの判断材料となる。もちろん、全て鵜呑みにできるわけではないが、ヒントになることは間違いないからだ。


「ここもだいぶ有名になったからね。昔は国内だけだったんだけど、今じゃ国外からも観光客で溢れちまうくらいなんだわ。ありがたいことに」


 有名なハリウッド映画にも登場し、店内を撮影で使ったらしい。たしかにわかりやすい古書店感、この古き良き空気感は、実際の年月を重ねないと出てこないのだろう。レジのところにはその時撮ったマチューとハリウッド俳優達の写真がズラリと貼られている。それ以前からもチラホラいたようだが、その映画の熱狂的なファンが聖地として崇めているらしい。


「てことで、新しいこと始めようとピアノを?」

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