第34話

「結構派手にやったな」


 ドアを開けて入ってきたスーツ姿の女に、無表情でランベールは彼なりの労いをした。


 パリ三区にあるアトリエ・ルピアノに、問題の主であるサロメが帰社してきた。どことなく「やってやった」感のある自信に満ち溢れた面構えをしている。ある程度は満足したようだ。


「そうなの? ネットは見てなかったから、どんな反応がきてたか知らないのよね。さっさと帰ってきちゃったし」


「とりあえずお疲れ様、サロメちゃん。二区のケーキ屋さんでホールケーキ買ってきたよ」


 ともかく無事? 終わったことで安堵したロジェがケーキの箱を開ける。


 糖分切れを起こしていたサロメは目を輝かせる。調律時に大量のカロリーを消費するので、合計でホールケーキは実質カロリーゼロ。


「おほー! ありがとうございまーす! あんたは何もしてないんだからやんないわよ」


「いらねーよ」


 帰ってきたら帰ってきたで、またランベールとサロメは言い合いになる。心配なんてするんじゃなかった、とランベールは反省した。


 なにやら資料とにらめっこしているルノーも「ご苦労さん」と労った。


「まぁ、しばらくは調律で大忙しだ。マルセイユやリヨンなんかからも依頼がきてる」


 「うげー」とホールケーキを抱え込んだままサロメが露骨に嫌な顔をする。配信のときに「パリ限定です!」って言っておけばよかったか。マルセイユなんて端っこじゃないの。


「勘弁してよ。なんでそんなとこまで行かなきゃ行けないのよ。あたしはパリ限定ね。パリのグランドピアノ専門」


 いつの間にかもう食べ終わっているホールケーキの箱を畳み、応接ソファにダイブしながらサロメは「このスーツどうしよ」と考えていた。もらっていいものなのかわからないが、連絡あるまではもらっとこう。


「パリでグランドピアノか……何件かきてるが」


 配信後に電話のあったピアノ調律の依頼の資料を読みながら、一枚、社長に対する態度とは思えないスーツ女子に手渡す。


「これなんかどうだ」


「これは?」


 寝そうになりながらも半目でサロメは資料に目を通す。パリ五区。よかった、近くだ。帰りに抹茶を使ったスイーツの店があるから買って帰ろう。


「ピアノは、グロトリアン・シュタインヴェークの『シャンブル』」


「グロトリアンー?」


 今はピアノのことを考えたくないのだが、メーカーを出されるとサロメは瞬時に色々考えてしまう。グロトリアンといえば、エラールやプレイエルのような優しく包み込みような音色とは真逆、中音域の骨太で力強く重厚な音が特徴だ。しかし、それでいてシンギングトーンと呼ばれる伸びのある響き。


「それを調律すりゃいーの?」

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