第26話
《サロメさんはパリ三区にある『アトリエ・ルピアノ』というお店で調律師として働かれているんですよね?》
進行役のパスカルの口から店の名前が出る。「おっ」と三人は少し笑顔になるが、内心は緊張の方が勝つ。今のところ円滑ではあるが、薄氷を踏むような心地だ。
そんな心配を知ってか知らずか、当の本人はいたって平常心に見える。若干緊張しているように見えるのはフェイクであると三人は気づいている。こんな才能もあったのかと驚きすらしている。
《はい! 毎日、音色が狂ってしまったお客様の大事なピアノを、調律させていただいてます!》
真実なんだが、やはり色々と疑わしくなってきてしまうもので、店の宣伝をするために送り出したはずが、ルノーも「とりあえず早く終わってくれ」と内容が変わってきてしまった。あまりにも怪しすぎる。
《え、毎日やってるの? 日曜も?》
フランスでは、日曜日の労働は良しとされていない。お店を開けたいけど、裁判までもつれ込んで結果ダメとなったホームセンターなどもある。駅周辺やショッピングモールなどは開いているお店もあるが、かなり国としてはデリケートな部分であったりもする。
《あ、違って違って! ちゃんとお休みもいただいています! とてもアットホームで、和気あいあいとした職場です!》
「『血祭りにしてやる』とか言ってませんでしたっけ」
数日前の姿を思い出し、齟齬を感じながらランベールは口を挟んだ。『息の根を止める』とまで言っていた気がする。『二度と外でピアノ弾こうと思わない体にしてやる』とも。アットホームとは?
コメントも『三区だっけ、行ってみようかな』といった好評なものや、『ピアノ直さんでいいからウチに来て欲しい』など、少し危険なものも増えてきたが、万単位で観ている人がいるわけで、若干風変わりな者もいるのは想定内。ロジェが行っていたらこうはならなかっただろう。
「このあと忙しくなったらいいねぇ」
と言いつつも、ロジェとしても何事もなく終わってくれればそれでいいと思っている。依頼を受けたのが自分である以上、今回のことがマイナスに働く結果となったら店に申し訳がたたない。家のローンと娘が大学卒業までの生活費が頭をよぎる。
《私含め、お店には五人の調律師がいて、お客さまに寄り添った調律をさせていただいています! 誰が見ても、最高の状態に仕上げさせていただきますので、是非お電話ください! あ、でも私、ちょっと男性と二人きりだと……緊張しちゃうカナ……》
正確にはロジェは調律はできないこともないが、その他の雑務や営業などを担当しているため、調律をすることはほぼない。が、多く在籍していることをアピールするのはプラスになると踏んで、サロメは水増ししていた。一人は本業でいないし。が、三人が気になったのはそこではない。
「この前、調律先の男性宅で、クイニーアマンと紅茶を勝手に拝借したってクレームもらってたよ、サロメちゃん」
「辛いっス」
「言うな」
実情を知っているだけに、ボロが出る前に早く終われと願いだす三人。サロメ本人もノってきてしまったのか、わざわざ地雷源を歩くように余計なものを付け足し出す。
《な、なるほどー。じゃあ早速なんですけど、こちらのエラール『No.0』、サロメさんから見てどんな感じ?》
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