初めての話

@rabbit090

第1話

 いつまでそんなにグダグダ寝てるんだよ!

 ノリはイラつきを最大限抑えながら心の内で叫んだ。が、

 「…一生。」

 「はあ?」

 つい、汚い言葉が出てしまう。

 こいつは、ノリの心の中が読めてしまう。

 心の中が読めるだなんて最初は信じていなかった、が完全に分かっている。完全に分かってしまっている。

 「ちっ。」

 盛大に舌打ちをかまして部屋を飛び出した。

 成恭なりやすは馬鹿だった。

 とてもとても馬鹿だった。

 正直、笑ってしまう程、馬鹿だった。

 ふざけんな、と言いたかったが、彼は馬鹿過ぎて、憎めなくて、ついついつい、ずっと面倒を見てしまっている。

 

 ノリは、小さいころからコツコツと積み重ねてきていた木工を使って、商品を販売している。家族からは、そんなくだらないものを作ったって無意味よ、なんて言われていたけれど、それが実になって結果25歳になった自分が、周りと比較することができない程、金を稼ぐようになった。

 そうしたら、何か居心地が悪くなったのか、家族からの連絡をもらうことは無くなっていた。父は、見栄っ張りな男だった。母は、弱かった。とてもとても弱かった。

 「ねえ今日来るって止めてよ。」

 「仕方ないだろ?急ぎなんだよ。」

 「…私打ち合わせがあるの。それにね、もう成恭に心の中を読まれたくない。だから、ねえ。もう私あなたのこと好きじゃないの!分かってる?」

 「分かってる分かってる、じゃあ。」

 と電話は切れたが、全く、この男は何一つとして理解できていない。

 分かってんの?と言いたくなる。

 まあ、いいけど。 

 もう決めであるから、とっとと逃げるという事、決めちゃってるの。

 ノリはカバンをまとめて、すぐさま立つ。

 思い残したって駄目だ。かつては楽しかったはずの、成恭との暮らしは捨てる。

 きっかけが欲しかった、いつもいつもそうだった。行動を起こすだけの理由が満たるようにちょっとずつ証拠をためていって、それが規定量を超えるとノリは、すぐに実行する。

 だから、今がその時なのだった。

 心が読める男の傍になど居たら、身が持たない。

 それに、きっと成恭のことなどうせ好きではないと確信している。

 あんなぐうたら野郎、一回一人になってきちんとしろ、と思っているから。

 いつもとは違う化粧を施した顔を、鏡で見る。やっぱり、イケてる。

 昔から美人だとはよく言われたけれど、今も雑誌に出たり、顔写真の露出が多いのも、顔の作りがいいからだ、と陰口を囁かれていることだって知っている。

 

 だけど、行く当てはなかった。

 こういう時に、その後が考えられないのが、自分の悪い癖であると、ノリは知っていた。

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