第206話

 パリ一〇区。〈クレ・ドゥ・パラディ〉では、リオネルが渋い顔でレジカウンターを挟んだ向かいの相手に、自身の考えを述べる。


「アイツらに足りないものがあるとすれば——」


「すれば?」


 相対するのはシルヴィ・ルクレール。顔見知りとなって以来、ちょくちょく訪れては世間話。おかげで他のスタッフとも仲良し。ちゃんと最後には花を購入して帰るので、一応お客さん。


 かなり溜めを作り、首を振りながら言おうか悩み、唸るリオネル。アイツら、というのは娘と息子。〈ソノラ〉を任せてはいるが、なにせまだ一〇代。円熟にはほど遠い。そんな彼女らに足りないもの。


「……『愛』だな」


 その目線の先には真紅のバラ。まさに『愛』。愛。アイ。


 それとは対照的に、目線を上にして発言の意味を考えるシルヴィ。愛。なるほど。


「するってーと……どういうこと?」


 よくわからないので質問してみる。愛。わからん。


 しかしこの道長く、何千何万とお客さんを相手にしてきたリオネルには、確信めいたものがある。


「俺調べだが、 ウチに若い男が一人で花の相談にきたら、十中八九が恋愛がらみだ。やはりM.O.Fの看板はデカい。多少無茶な告白には俺の力が必要と見える」


 残りの数件はミュゲの日か母の日。あとはバレンタインデー。気持ちはわかる。だって俺だし。何気に自分のアピール。


「そんなもんかねー」


 納得いかない、とシルヴィは唇を尖らせる。家で飾りたい人だっているのでは? 


 懐疑的な雰囲気を感じ取ったリオネル。そもそもの花の意味を伝授する必要がある、と講釈。


「花言葉、ってのはどこから生まれたか知ってる?」


 目線は今度はレジ横のユリへ。色によっても違う意味を持つ。ここにあるのはピンクの大輪、学名『スターゲイザー』。


 花言葉。たしかにそれぞれの花が持っている、ということは知っていた。が、花とはそういうものだと。深く考えたことはなかったシルヴィ。今、勘で浮かんできた答えを言ってみる。


「どこかの企業とかが、売るために無理やりつけたとかじゃなくて?」


 例えば、バレンタインデーは特別ななにか、という感覚はフランスにはあまりないが、日本ではショコラの会社が戦略で「バレンタインデーにショコラを贈ろう」と売り出した。結果、少しずつ定着していって、今では愛の告白の日、のような位置付けになっているとのこと。


 ふむふむ、と一定の理解を示すリオネル。間違っちゃいない。


「まぁ、それもあるね。元々はオスマン帝国で『セラム』という習慣があってね。恋人や想い人に小箱にプレゼントを入れて贈るものだったんだが、その中に花もあったわけだ。そこからヨーロッパに伝わって、その『花に想いを込める』ってのが花言葉に繋がるわけ」

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