サマースクールパラダイス

ポン吉

初夏

1-1

 カーテンの揺れる音で目を覚ました。開け放った窓からの生ぬるい風が頬を撫でる。アイマスクを外して遠い空に目をやれば、グラウンドの先に大きな入道雲と果てしない青空が広がっている。いつも快晴だ。


 夏の盛りの空に目を細めながら、ベットの上でヨイショッと体を伸ばす。肩がバキバキと音を立てながらほぐれた。


「ん〜〜!!」


 おもったよりも大きな声が漏れてしまう。はぁとため息をついて、背中からベットに倒れ込んだ。カーテンレールが取り付けられた天井と消毒液の匂いがしみついた保健室。学校で寝泊まりしてみたいという小学生の頃の夢は実現したが、あまりワクワクするものではないなとぼんやり思う。時計を見やればちょうど九時を指していた。


 がらがらとドアが開く。水を入れたコップを乗せたお盆を手に持った瑠璃がゆっくりと近づいてくる。この暑さにもかかわらず、彼女は紺色で長袖のセーラー服(明らかに冬服だ)を着ている。汗なんて一度もかいたことがないとでもいうようなすまし顔だ。


 肩までのつややかな白髪がさらさらとゆれ、すっと彼女の顔に目を移すと、そのあまりにも現実離れした造形に息をのむ。陶器のようになめらかで白い肌、すっと通った鼻筋と、目を奪わずにはいられない美しい瞳。とても精巧な人形のような容姿をしている。

 たとえ、一年中一緒に過ごしたとしても彼女に見慣れることはないだろう。


 瑠璃の真っ赤な瞳が私を見据えた。長いまつ毛に彩られた宝石のような深い瞳に引きずり込まれるような気さえする。


「おはようございます、先輩」


 おはよう、と挨拶をかえす。起き上がり、どうぞと手渡されたお冷を一気に飲み干す。喉の奥を冷たい水が通り抜け、気の抜けた声を漏らしそうになる。


「いつもありがとう。今日も暑いね」


 手渡されたタオルで首筋に伝う汗をぬぐう。


「そうですね。……もしかして、よく眠れませんでしたか?」

「いいや、もう慣れちゃったし快眠だよ。ここに来たばかりのころは暑すぎて眠れなかったけど」


 苦笑気味にいうと瑠璃は胸を撫で下ろした。飲み干したコップを受け取り、瑠璃は教卓の上にお盆とコップを並べた。真横のパイプ椅子に腰を掛け、にこにこと笑っている。


「もうここの生活に慣れちゃったんですね。さすがです」


 ここで目が覚めてそろそろ二週間が経っただろうか。目を覚ますとまず知らない天井が目にはいった。横には、驚きに目を見開く浮世離れした少女がいて、驚愕の表情を浮かべた彼女に抱き着かれた。


 状況が理解できずに戸惑いつつも、瑠璃と名乗った彼女に、ここが開発のエタった”楽しい学生生活を送る”ゲームの世界だという説明を受け、いくつかの現実的でない出来事を目の当たりにしながらここでの生活が始まったのだ。


 例えば、夜がいつまでたっても来ないこと、時間の経過で雲の形が変わらないこと、ずっと私たち二人だけなこと、一部の生理現象がないこと、イベントをこなすときだけ道具が現れることなどである。

 それらの現象になれてしまえば、まぁいいかとこの生活を受け入れてしまえた。楽しい学生生活を送るだけでいいのであれば、何も問題はない。これがホラーやアクションといった激しいゲームでなくて本当に良かった。

 コップの結露でぬれた手をタオルで拭う。


「今日はどのイベントを消化しようか?」


 ジャージを脱ぎ捨て、もう一つのパイプ椅子に畳んで置いている制服に体を通す。白い半そでシャツをささっときて、チェック柄のプリーツスカートを巻いて膝上まで短くする。あついので校章が刺繍されたブレザーは着たくなかった。制服にそでを通すと、まっとうな学生であるような気がしてくる。


 瑠璃が胸ポケットからまーちんの開発日記をとりだす。ミミズののたくったような字で”閲覧禁止! 勝手に見ちゃダメ!”と大きくかかれている。制作を途中でやめたエタッたゲームの開発日誌を瑠璃が真剣な顔でめくる。およそ現実ではありえないほどの美しい横顔が珍妙なノートをつぶさにみつめているのは、どうにも不思議な気持ちを抱かせた。


 ぱらぱらと頁をめくりながら、眉を寄せたり、唇を尖らせたり、首を傾げたりと百面相をしている。


 一度、何が書かれているのか知りたくて、見せてほしいといったら、絶対にダメですとノートを隠されてしまった。


 うーん、うーんとうなりながら、はたと頁をめくる手がとまり、その可憐な相貌を輝かせる。


「そうですね、お花を植えませんか?」


 ぱたんと開発日記をとじて、瑠璃はにこにことやわらかい笑みを浮かべた。

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