第12話(2)追っ手との戦い

「へえ、案外ちゃんとした舟じゃないか……」


 技師がポツリと呟く。


「それじゃあ、お願いしますよ……」


 藤花が初老の舟頭に声をかける。


「……へい」


 舟頭は小さく頷き、小舟を北へと進ませる。


「……それで?」


 楽土が藤花の隣に腰かけて問う。


「はい?」


 藤花が首を傾げる。


「いや、あそこに寄ることになるとかどうとかおっしゃっていたでしょう……」


「そんなこと言いましたっけ?」


 藤花がさらに首を傾げる。


「言っていましたよ」


「う~む……」


 藤花が腕を組む。


「どういうお考えなのですか?」


 楽土が重ねて藤花に問う。


「まあ、これはあくまで次善の策なのですが……」


「次善の?」


「ええ」


「そ、そうですか……」


「しかし……」


「え?」


「ある意味では最善の策だと言えるのかもしれません……」


「ええ?」


 楽土が首を捻る。


「……どういうこったよ?」


 技師が口を挟む。


「うん?」


 藤花が首を捻る。


「こんな時にのんびり謎かけして遊んでいる暇はないだろう……」


「別にのんびり遊んでいるつもりはないよ……何が言いたいかというと、すべては向こうの出方次第だってことさ」


「出方次第? ……むっ⁉」


 技師が声のする方に目を向けると、大きな船が一艘、小舟を追いかけてくるのが目に入る。


「ふむ、思ったよりも早かったですねえ……」


 藤花が立ち上がり、頬をさすりながら呟く。


「姐さん! この舟じゃあたちまち追いつかれちまいます!」


 初老の舟頭が慌てながら藤花に告げる。


「姐さんって言うな……」


 藤花が舟頭を睨む。


「えっ⁉」


「なんでもありません。そのまま舟を進めてください。なんとかしますので」


 藤花が笑顔に戻り、舟頭に指示する。


「は、はあ……」


 舟頭が舟の操作に戻る。


「さてと……」


「待て! 逃がさんぞ!」


 船から声がはっきりと聞こえる距離になる。


「ど、どうする⁉」


 技師が問う。


「大人しく捕まるわけにはいかないねえ……」


「し、しかし、逃げられないだろう! 追いつかれるのは時間の問題だ!」


「別に逃げるつもりもないさ」


「えっ⁉」


「ちょっと肩慣らししてくる……」


「え?」


「と、藤花さん……?」


 技師と楽土が戸惑う中で藤花は舟の後方に立つ。


「……それっ!」


「!」


 藤花が両手を振ると、両手から藤の花の蔓が伸び、追ってきた船に絡みつく。


「……よっと!」


 その蔓を伝うように飛んだ藤花が船に着地する。


「ええっ⁉」


 技師が驚く。


「‼」


「どうも、お邪魔します……」


 藤花が丁寧にお辞儀をする。


「くっ!」


 船に乗っていた者たちが揃って剣を抜いて構える。


「……ふむ、やはり海賊の類ではなく、仙台藩のお侍さんか……面倒は避けたいから始末は出来ないねえ……面倒だ」


「なにをぶつぶつと! かかれ!」


「はあっ!」


「ふう……」


「な、なにっ⁉」


 斬りかかった侍が驚く。藤花が右手の人差し指と中指の二本だけで、振り下ろされた剣を挟んで止めたからである。


「それくらいで驚かれたらこちらも困るよ……!」


「ぬおっ⁉」


 藤花が剣の刃を折ってみせる。剣を持っていた侍は体勢を崩して転倒する。


「むっ!」


「弓矢や鉄砲でさっさと討つべきだったね……まあ、そこまでの達人はいないか……」


「や、やかましい! か、かかれ!」


 上司の侍の指示に応じ、藤花の周りの侍が斬りかかる。


「うおおっ!」


「はっ!」


「がはっ⁉」


 藤花が懐に入り、掌底を侍の顎に食らわせる。侍は崩れ落ちる。


「むおおっ!」


「ふっ!」


「ぐはっ⁉」


 藤花がしゃがみ込み、回し蹴りで足を払い、侍を転ばせる。侍は頭を打って動かなくなる。


「ぬおおっ!」


「ほっ!」


「ごはっ⁉」


 藤花が飛び上がり、侍の髷をつかんで、顔面に膝蹴りをお見舞いする。侍は倒れる。


「終わりかな……?」


「なっ……仕込み武器の類を使わずに……」


「へえ、それが見えているならそれなりに優秀だね……」


「ふ、ふざけおって……!」


「加減をしてやったんだ。むしろお礼を言って欲しいくらいだね」


 藤花が両手を大げさに広げる。


「ま、まだ儂がいる! ……むっ⁉」


「……威勢が良いのはもう分かったよ」


「⁉」


 藤花が上司の侍の懐にすっと入り込み、右手の中指で額を軽く弾く。上司の侍が後方に吹っ飛び、船から落ちそうになるが、その寸前で止まる。藤花がホッとする。


「あ、あぶな……落ちたら面倒どころじゃなかったよ……さて……」


「ひっ⁉」


 藤花が船頭にゆっくりと近づく。船頭が怯える。


「なにも取って食いやしないよ……他にも追っ手がやって来るんだろう? ここで待って、そいつらに報せてやってちょうだい……私たちは……で待つと」


「は、はあ……」


「分かったね?」


「は、はい!」


 船頭が頷く。藤花が笑みを浮かべる。


「良い子だ。それじゃあ……!」


 藤花は再び両手から藤の花の蔓を出して、小舟に絡め、それを伝って戻る。技師が戸惑う。


「む、無茶苦茶なことをするな……」


「……どうもありがとう」


「ほ、褒めてないぞ!」


「そうじゃなくて、修理をしてくれたことだよ」


 藤花が苦笑する。


「あっ……」


「試しに武器を使わないで戦ってみたが、思った以上に動けたよ……」


 藤花が右手の手のひらを握ったり、開いたりする。技師が戸惑い気味に頷く。


「そ、それはなにより……」


「だが、やはり……あそこに寄る必要があるね……」


「あそことは?」


 楽土が尋ねる。


「松島です」


「ま、松島⁉」


「ええ、そこで追っ手を待ち構え、迎え撃つことにしました……」


「い、良いのですか? あのからくり人形も来るのでは?」


「だからこそですよ。返り討ちにしてやると同時にあの大樹とやらも破壊する……これこそまさに一石二鳥というやつです」


「な、なるほど、次善にして最善の策……!」


 楽土が腕を組んで頷く。


「そういうことです。舟を松島へ!」


「へ、へい!」


 舟頭が舟を松島の方角へと向ける。

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