第10話(2)本丸はすぐそこ
「うん?」
見張りの兵士が首を傾げる。
「どうかしたのか?」
もう一人の見張りの兵士が尋ねる。
「……いや、なんか、足音が聞こえないか?」
見張りの兵士が耳に手を当てる。
「足音?」
「ああ、ドドドっていうような……」
「どこからだよ?」
「そっちだよ」
見張りの兵士が指差す。もう一人が笑う。
「いや、崖じゃないか」
「そうだけど、そっちから聞こえてくるような……」
「川の音じゃないか?」
「昨日は雨が降ったわけでもないのに水嵩が増すなんてことはありえない……」
「う~ん……お前、疲れているんじゃないか?」
もう一人が腕を組む。
「い、いや、確かに聞こえる!」
「おいおい……」
「嘘だと思うのなら、お前も耳をすませてみろよ!」
もう一人も耳に手を当てる。
「別になにもしないような……」
「もっと、崖に近づいてみよう!」
見張りがもう一人の腕を引っ張る。
「おいおい! 危ねえって!」
もう一人が慌てる。
「崖下から聞こえるんだ! 崖に近づかないと!」
「……しょうがねえなあ……」
もう一人はため息をついて、一緒に崖の方に近づき、耳をすませる。
「……どうだ?」
「た、確かに聞こえるな!」
「そうだろう⁉」
「地震ってわけでもなさそうだが……どわっ!」
崖の下を覗き込んだもう一人が何かに吹っ飛ばされる。
「えっ⁉ どわっ⁉」
次の瞬間、見張りの兵士も吹っ飛ばされる。
「急に顔を出すのですもの……それは踏みつけてしまうのも無理ないわ……」
牛のからくりを着地させた藤花が苦笑する。
「だ、大丈夫なのですか⁉」
後から続いてきた楽土が見張りの兵士たちの様子を気遣う。
「気を失っているだけですよ」
「そ、それならば良いのですが……」
「しかし、こんな形で仙台城に接近成功とはな……」
楽土の後に続いてきた技師が笑みを浮かべる。
「技師さんまでいらっしゃるとは……」
楽土が困惑する。
「制作品の出来栄えはきちんと見届けないとね。この場合は改良品だけれども……」
「上手くいけば商売になりますよ」
「ああ、南蛮仕込みのからくり牛なんて、欲しがる奴結構いるんじゃないか?」
藤花の言葉に技師が頷く。
「しかし、まさか崖を駆け上がるとは……」
楽土が上ってきた崖の方を見て、呆れ気味に呟く。
「源平合戦はご存知でしょう?」
「え、ええ、それはもちろんです……」
藤花の問いに楽土が頷く。
「一の谷の戦いでは、源氏の軍勢が崖を駆け下りて、平家の本陣を後ろから奇襲したと……」
「有名ですね」
「その時、かの戦上手の九郎はこのようなことを言ったそうです。『鹿で降りられる崖を馬が降りられないという道理はない』と……」
「は、はあ……」
「つまりはそういうことです」
「ど、どういうことですか⁉」
楽土が戸惑う。
「……お分かりになりませんか?」
藤花が若干呆れ気味に問う。
「わ、分かりませんよ」
「馬や鹿で駆け下りられるのならば、牛で駆け上がれるはずだと……」
「い、いや、その理屈はおかしい!」
「きっと九郎も同じことを言ったでしょう」
「言いませんよ!」
「まあ、とにかくついたからこれでよろしいではありませんか」
藤花が両手を広げる。
「そんな……」
「終わり良ければすべて良しです。まだ終わっていませんが……」
「はあ……」
「その埋門を抜ければもうすぐそこが本丸か」
技師が指差す。藤花が頷く。
「ええ、そうです」
「天守閣とか無いんだな」
「どうやらそういう方針のようですね」
「昨今の流行には乗らないのか、伊達者にしては珍しいねえ」
技師が苦笑する。
「大砲の恰好の的になります」
「そうか、そういう考え方もあるか……」
藤花の言葉に技師は頷く。
「大坂の役で独眼竜殿はそれを目の当たりにしたのではありませんか?」
「なるほどね、これがある意味最先端なのかもしれないな……」
技師はさらに頷く。
「さて……」
藤花があらためて本丸に視線を向ける。
「ま、まさかとは思いますが……」
「ん?」
藤花が楽土の方に振り返る。
「このまま突っ込むおつもりですか?」
「それも悪くはないですね」
「わ、悪くはないって……」
「技師さんはどう思いますか?」
「こいつの突進力・突破力を見たいねえ~」
技師は自らが跨るからくり牛を撫でまわす。
「……だそうです。門をぶっ壊しますか」
「い、いや、さすがにそれは騒ぎになるのでは⁉」
藤花に対し、楽土が声を上げる。藤花がフッと笑う。
「冗談ですよ」
「そ、そうですか……」
「出来れば、門を壊したりせずに潜入したいところですが……」
「そうはさせん……」
「!」
藤花たちは声のした方に顔を向ける。黒い影が門壁に立っている。
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