第8話(2)白石城下にて

「……白石城下に入りましたね」


「仙台藩の南の要衝……」


 楽土が厳しい顔つきになる。


「楽土さん、そんなに怖い顔をしないでくださいな」


 馬を曳いて歩きながら、藤花が振り返って笑う。


「い、いや、警戒するに越したことはないかと……」


「逆に警戒される羽目になりますよ」


「はあ……」


「それともまだ傷が痛みますか?」


「え?」


「私が肘鉄砲を食らわした背中……」


「ああ、文字通り、鉄砲の鉛玉を食らいましたね……」


 楽土が背中をさする。


「どうですか?」


「玉は取り除いてもらいましたが……」


「まだ痛みが残るような気がしますが……」


「それは大変なことですね、技師さん」


「え?」


 二人の間を歩く技師が顔を上げる。


「話は聞いていたでしょう? 痛みが残っているそうです」


「そんな馬鹿な、修理は完璧だった……!」


「もう一度お願い出来ますか?」


「いや、そんな……」


「……」


 藤花がじっと技師を見つめる。


「……分かったよ。こっちだ」


 技師が先を歩く。ある大きな商家にたどり着く。


「こ、ここは……?」


 楽土が周囲を見回す。技師が家の入口から戻ってくる。


「……付き合いのある商家だ。ここの離れを自由に使っていいという」


「それは何より……」


 藤花が頷く。


「ここだ」


「ふむ、悪くない……」


「ほう……」


 馬を預けた藤花たちは離れに入る。


「う~ん!」


 藤花が部屋で寝そべる。


「宿を探しているなら、そう正直に言えば良いだろう」


 技師が呆れながら腰を下ろす。


「普通の宿だとまた襲撃される恐れがありますからね」


「そ、そうですか?」


「そうですよ、楽土さん、さっきご自分でおっしゃったじゃありませんか。ここは仙台藩の南の要衝って……警戒の目はそこかしこにあります」


「で、では、ここも安全というわけではないのでは?」


「技師さん」


「ここは城下でも有数の商家。勝手に出入りするのは、偉い侍さんでも難しいよ……」


 楽土の問いに技師が代わりに答える。


「……と、いうことです」


 半身を起こした藤花が頷く。


「さっさと白石を抜けるという選択肢は?」


「大柄な男と女二人がそれぞれ馬に乗って駆け抜けたら、それこそ目立ってしまいます」


「ふ、ふむ……」


 楽土が頷く。


「まあ、目立つのは有りと言えば有りなのですが……」


 藤花が顎をさすりながら呟く。


「はい?」


「いえ、こちらの話です……」


 藤花は楽土に向かって、手を振る。


「は、はあ……」


「ここは何を扱っている商家なのですか?」


 藤花が技師に尋ねる。


「主に紙だ」


「ああ、白石は上質な紙を生産しておりますね。公儀や公方へ献上されることもあるとか……それならなおのことです」


「ああ、藩の上層部にも顔が利く」


 技師が頷く。


「ふむ、本当に安全そうですね」


 藤花が再び寝そべる。


「思うんだが……眠気とかあるのか?」


「体を労わりたくなる気持ちはありますよ~」


 技師の問いに藤花は自らの体を優しく撫でまわす。


「労わるね……」


「そうだ、楽土さんの体も労わらなくちゃ……」


 藤花が再び半身を起こす。


「え? だ、大丈夫ですよ……」


 楽土が笑みを浮かべながら応える。


「いえ、労わった方が絶対に良いでしょう。白石ならば、あれがありますね?」


 藤花が技師に目配せする。


「……用意してもらうか」


 技師が部屋の外に出る。しばらくして……


「……あ、戻ってきた」


 技師が湯呑みを持ってくる。


「それは……?」


「葛湯です……体に良いですよ」


「葛湯?」


「ここの葛は小原の寒葛と呼ばれる名産ですから……それを用いた湯が体に良くないわけがありません」


 何故か藤花が胸を張る。


「はあ……頂きます……」


「どうですか?」


「独特のとろみがありますね……」


「独特の感想ですね……」


「味は良いだろう……体はどうです?」


 技師が尋ねる。


「え、ええ、なんだかいい調子です」


「それは良かった……」


「ほっと安心したところで、小腹が空きました。あれを所望したいのですが……」


 藤花は技師の方を見る。技師がため息をつく。


「人遣いが荒いな……頼んでくるよ」


 技師が再び部屋を出る。しばらくして、手伝いの者とともにお膳を三膳持って戻ってくる。


「これは……」


「温麺です」


「うーめん?」


「ええ、この白石の特産ですよ。胃腸に優しいと評判です」


「はあ……頂きます」


「これで身も心も労わって、明日に備えましょう……」


 藤花はあっという間に食事を終え、いつの間にか広げた地図とにらめっこする。

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