第4話(4)楽土襲撃

「失礼します……」


「は、はい! どうぞ!」


 楽土が声のした方に振り返り、応える。部屋のふすまが開き、宿の者が頭を下げる。


「按摩さんが参りました……」


「え? 頼んでおりませんが……」


「只今、特別にタダで施術を行っておりまして……」


「タ、タダで⁉」


 楽土が驚く。


「どうぞ、良かったら……」


「い、いや、悪いですが……」


「もう来てしまっていますし……」


 宿の者がふすまの向こう側に視線をやる。


「し、しかし……」


「せっかくですので……」


 宿の者が再び頭を下げる。楽土は不承不承ながらも頷く。


「そ、それでは、お願いしましょうか……」


「ありがとうございます……按摩さん、お願いします」


「へい……」


 やや小柄で禿頭の老人が部屋に入ってくる。


「お布団を敷きます……」


 宿の者が手際よく布団を敷く。老人が楽土に指示をする。


「それでは、そちらに横になってください」


「あ、はい……」


「あ、まずはうつ伏せで」


「は、はい……」


 楽土が布団にうつ伏せの状態になる。


「ごゆっくり……」


 宿の者がふすまを閉めて去っていく。


「失礼します……」


 老人が楽土の側に跪く。


「はい……」


「ああ……!」


「え?」


「お客さん、とても大きい体をなさっていますねえ……」


「さ、触ってもいないのに分かるのですか?」


 楽土が尋ねる。


「声の調子で分かります」


「ええ? こ、声?」


 楽土が戸惑う。


「ははっ、それはいくらなんでも戯言でございますが……」


「戯言ですか……」


「なんとなくこう……雰囲気で分かります」


「ふ、雰囲気?」


「ええ、感じ取れると言いますか……」


 老人が両の掌を広げてみせる。


「ふむ、達人の領域ですね……」


 楽土が感心する。


「達人だなんて、そんなそんな……ただこの生業が長いだけですよ……」


 老人が手を左右に振る。


「しかし、タダで施術を受けるとはなんだか申し訳ない気が……」


「いやいや、あまりその辺は気になさらないでください……」


「でも……」


「ここだけの話ね……」


 老人が小声になる。


「はあ……」


「……ここの宿代、多少割高だったでしょ?」


「え、ええ、正直……」


「その割高の分のいくらかが、あたしらに入る仕組みになっているんですよ」


「あ、ああ、そうなのですか」


「だから、お客さんは何も気になさらないでいいんです」


「ふむ……」


「ご安心いただけましたか?」


 老人がくしゃっと笑顔になる。


「ええ」


 楽土が頷く。


「それでは体もほぐれたところで……あたしはお暇させて頂きます」


 老人がその場から去ろうとする。


「え? ちょ、ちょっと……」


「ふっ、冗談でございますよ……」


「は、ははっ……」


「それでは施術をさせて頂きます。よろしくお願いします」


「お願いします……」


「ああ失礼、服を脱いで頂きますか? 上だけで構いません」


「分かりました」


 楽土が上半身裸になる。


「ではこちらに手ぬぐいを乗せて……失礼いたします」


 老人が楽土の背中に触る。


「む……」


「ほう、結構固くなっていますね~」


「え、ええ……」


「そうとうお疲れなのではないですか?」


「あ、ああ、疲れはそれなりに溜まっているとは思います」


「こちらにはご旅行で?」


「まあ、そんなところです」


「どちらから来られたのですか?」


「江戸の方から」


「お江戸から! わざわざこんな田舎まで……退屈でしょう?」


「いいえ、そんなことはありません」


「お一人で?」


「一応、連れがいます」


「お連れの方は?」


「今、風呂に入っております。そういえば……」


「そういえば?」


「いえ、ちょっと長いなと思いまして。そろそろ上がってきてもいいんじゃ……」


「……上がってこないと思いますよ」


「え? があっ⁉」


 楽土の背中に強烈な衝撃が加わる。老人の拳が楽土の硬い体にめり込む。不意の攻撃を食らった楽土は動かなくなる。


「ふん、他愛のない……」


 老人はすくっと立ち上がる。


「……終わったかい?」


 宿の者がふすまを開けて尋ねる。


「ああ、ご覧の通りだ。と言ってもあたしには見えないが……かかっ!」


「笑うな……なんで私がこんなことせにゃならん……お前らでなんとかしろよ」


 宿の者が服をつまんでぼやく。


「そう言うな、相手を油断させる為だ」


「なんで危険な橋を渡らにゃいかん……私は単なるからくり技師だというのに……」


 宿の者がまとめていた髪を一旦ほどいて、一つ結びにし、眼鏡をかける。

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