第2話(2)笑うことが出来る

「ありがとうございました~」


 藤花たちが団子屋から出る。


「持ち合わせ、ちゃんとあったのですね……」


「喧嘩を売っているのなら買いますよ?」


 楽土を藤花が睨む。


「いえいえ……」


 楽土は手を左右に振る。


「まったく……」


「それでは行きましょうか」


 楽土が馬を繋いでいるところに向かう。藤花が声をかける。


「少しお待ち下さい」


「え?」


「そんなに焦ることもないでしょう」


「ですが……」


「のんびりと、ゆるりと参りましょう」


「よ、よろしいのですか?」


「はい」


「え、ええ……」


 藤花の即答に楽土が戸惑う。


「期限が決まっているわけではないので……」


「は、はあ……」


「別に何か月かかっても構わないのです。何だったら……」


「な、何だったら?」


「十年後だって良いのです」


「そ、それはいくらなんでも……!」


「ふふっ、冗談ですよ」


「わ、笑えませんよ……」


「お役目的には気が気でありませんか?」


 藤花がいたずらっぽい視線を楽土に向ける。


「か、必ずしもそういうわけではありませんが……」


 楽土が視線を逸らす。


「それならば、もっと私の尻を叩かないと……」


「い、いや、叩くって……」


 楽土が藤花に視線を戻す。


「……物の例えですよ」


 藤花が冷ややかな目で楽土を見つめながら、自らの尻を隠す。


「わ、分かっていますよ!」


 楽土が声を上げる。


「楽土さんに叩かれたら、壊れてしまいそうです……」


「だから叩きませんよ!」


「冗談です」


「はあ……」


「ふふふ……」


 楽土の様子を見て、藤花が笑う。


「からかわないで下さいよ」


「ごめんなさい、最近笑っていなかったもので……」


「はい?」


「最近というか……この体になってからまともに笑ったことあったかしら……」


 藤花が木の切り株に腰を下ろし、遠い目をする。


「……」


「楽土さんはどうです?」


「え? そ、それがしですか?」


「ええ」


 藤花が頷く。


「さあ、どうでしょう……」


 楽土が首を傾げる。


「どうでしょうってなんですか」


「あまり考えてみたこともないので……」


「それでは、ちょっと考えてみて下さい」


「う、う~ん……」


 楽土が腕を組んで考え込む。


「……」


「………」


「…………いかがです?」


 やや間を空けてから藤花が尋ねる。


「……意外と難しいですね」


「例えば……お坊さんが自分で裾を踏んで転んだのを見たら?」


「くすっとします」


「偉そうにふんぞり返っている商家の旦那の頭に鳥の糞が落ちたら?」


「ふふっとなります」


「戦場で敵方を、尻を叩いて挑発していた足軽の尻に矢が刺さったら?」


「なんですか、その例えは⁉」


「ガハハハッ!とはなりません?」


「なりませんよ、むしろ大丈夫かなと心配になります」


「そうですか……大笑いをするということは無いのですね?」


「! そ、そうですね、ここ最近は……」


「ふむ……」


「それがしのみで行動することが多かったので……」


「ほう? 誰かとお話するのも久しぶりですか?」


「そういうわけでもありませんが、真面目な話が多いですから、冗談などを言い合うということはまずないですね……」


「ふ~ん……」


 藤花が腕を組んでうんうんと頷く。


「そろそろ先に向かいませんか?」


「まあまあ、そう慌てないで……」


「しかし……」


「せっかくの二体での連れ立っての旅です。楽しく参りましょう」


「楽しく……」


「ええ、私たちはまだ笑うことが出来るのですから」


「笑うことが出来る……」


「そうです」


「ううむ……」


「……というわけで」


「というわけで?」


「何か面白いことを言ってみて下さい」


「ええっ⁉」


 楽土が驚く。


「お互い笑い合って、楽しい旅にしましょうよ」


「い、いや、それは結構な無理難題ですよ……ん?」


 楽土が困惑しながら団子屋に目をやる。


「ありがとうございました~」


「うむ……」


 団子屋から中年の浪人が出てくる。


「待ちなさい! 父上の仇!」


 団子屋から飛び出してきた三人の女性が浪人を呼び止める。


「おや、言っている側から何やら楽しそうなことが……」


「いや、絶対に楽しくはないでしょう……!」


 藤花の言葉を楽土は否定する。

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