第29話 へへ

〈サル〉とは、お姉様の恋人です。

 お姉様が自ら望んで堕胎するというのは考えられません。

 どんな無理を押してでも、我が子を大切にするでしょう。

 サルが、「経済的にどうだ」とか「おれたちはまだ早いんじゃないか」なんていちゃもんをつけたに違いありません。

 あたしは、ドラマでその男女間のヒキコモゴモを何度も見ましたから。

「ねぇ、お姉様、そうなのでしょう?」

 お姉様は首を横に振ります。

 何度尋ねても、同じようにするだけでした。

 納得できなかったあたしは、サルを問いただすため、お姉様のもとを離れ、非常階段をかけあがりました。

 もどかしい思いでいっぱいです。

 お姉様の作品集に目を落とし、彼女が過去に受賞した「OL川柳 審査員奨励賞」の作品を口ずさみます。

 せめてもの、精神安定のために。


『梅雨空去っても雨は降る、空豆剥いたら手が臭い、仁王立ちだよおっかさん、花の見ごろはいつごろか(どうせ散るし、散ったら散ったで鞍替えすりゃいい)』


 ここまでが、五・七・五の五です。


『なーんて詠ってる場合じゃない、肉の日は29日、ならば野菜の日は8・31、年に一度の宿題日和、あぁ、夢なら醒めて、ドリルの答えもなくしちゃったし、現実逃避に「ラブ+デスティニー=月9」なんて来世のプランをさらさらっとね、八百屋で玉ねぎ手にとりゃ『今夜はカレー曜日? 今日もかわいいね、ちょっとまけちゃうよ』マジ? 31日なのに、サンキュー、なんつって、来世じゃなく、一生懸命生きるヨロコビをカレーの隠し味にして、今日を生きねば』


 ここまでが、五・七・五の七です。


『へへ』


 で、五です。

『へへ』ですよ、『へへ』。今までの全てを包む『へへ』。

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