その日。人生やりなおしっ子サイトの詳細をマサキらより初めて聞いた、今では「いつもの場所」で通じるカフェに、皆集まった。

「次の仕事がきました」

 マサキは私とジュンに一枚の紙を配る。

「昨夜サイトに登録した、成り立てのターゲットがいます。カヨさんという、二十五歳の女性の方のようです。決行日は、今日から二週間後」

 今回は、二週間後か。なかなか猶予ゆうよはある。

 私たちは、ターゲットの登録した日付より、ある程度の期間を置いて自殺を決行している。

 その期間は、のんびりと過ごしている訳ではない。サイトの登録フォームでターゲットに入力してもらった住所、年齢、自殺したい理由等の情報を基に、当人に合った集団自殺にするための準備に充てているのである。

「自殺理由は、えっと。『上司からのパワハラ』ですね」

 私は、マサキから渡されたターゲットの情報が書かれた紙に視線を落とした。

「分かりやすい自殺の理由で良いっすね。専門知識が必要になる理由だと、中々面倒だし」

「少し前の医大浪人は手を焼いたわよね」

「スミエさんやめてくれよ。思い出したくもない。あいつ、会った瞬間から俺らを馬鹿だと決めつけやがって」

「ふふ。そんな馬鹿なあなたに騙されている彼の方が大馬鹿よ」

 私の言葉に、ジュンは口をへの字にしたのち、アイスコーヒーに口にした。「とにかく、今回はぶっちゃけよくあることっすね」

 上司からのパワハラ。これは、昨今の働きはじめの二十代の自殺理由に多いものらしい。それだけストレス耐性の無い者が増えたのか、弱者に対して威圧的な態度をとる者が増えたのか。もしくは、その両者か。

「そうですね」マサキは嘆息したのち、「それではひとまず、今回の方針を伝えます。いつも言っているととおり、変更希望があれば仰ってください」

「はいはい。でもそんなこと、今まで一度も無かったじゃないっすか」

 ジュンの言うとおり、私が入ってから今まで、ここでマサキから示された最初の方針のまま決行している。恐らく今回も同様だろう。マサキは何度か咳き込むと、「それでは」と私達の目を見た。

「ジュン君。君は今回、『上司との確執で解雇させられた』ことを自殺理由としてください。内容は何でも、いつもどおり任せますよ」

「ターゲットの子と似た理由、大役じゃないっすか。オッケーです」

 どんと胸を叩き、彼は笑顔で頭を下げる。

「次はスミエさん。あなたは、そうですね。ターゲットの自殺理由とは全く関連しない内容でお願いします。あなた自身のご経験が使えるかもしれません」

 株で大損。確かに、ターゲットには縁のなさそうな話だった。

「ええ、分かったわ」

「私は『恋人に振られたこと』を自殺理由にしましょう」

「わかりました。それじゃ考えた案は、メールで良いんすよね」

 ジュンは自分のスマートフォンを取り出す。これもいつもどおり。マサキは肯く。

「構いません。ですが今回は注意が一つ」

「なんです?」

「当日は、相手の立場に立って、聞いてあげてください。この前のやり方はあまり好ましくないです。良いですか」

「わ、わかりましたよ」

 マサキにじろりと睨まれ、ジュンは肩をすぼめる。前回彼は確か、自殺志願者に激昂したのだ。

「でもあれは、あの野郎が悪いっすよ。ずっと世話になってた姉貴に小言を言われたくらいで、復讐のつもりで死のうとしたんすよ?俺だったら絶対そんなこと」

「ジュン君」彼の言葉を遮り、マサキは淡々と述べる。「私達はターゲットを非難する立場ではなく、同情する立場に立たないといけません」

「…でも」

「言い訳は結構。私達の本当の目的のためにも、よろしくお願いしますよ」

 濃い顔のジュンがしょげ返るその様は、見ていてなんとも滑稽なものだった。

「まあ、もういいじゃない。それで?今日は解散かしら」

 そう尋ねると、マサキは首を振る。

「もう一つだけ話があって。実は、今回からメンバーが増えることになったんです」

「あー、そうなんすね。新人っすか」

「はい。少し、遅れているようですが」とマサキは申し訳なさそうに呟いた。

 今回は、四人で自殺のフリをすることになる。こういったことはこれまでに無かった。しかし理由は思い浮かぶ。運営サイドには複数のグループが存在しているらしい。他グループの人数が諸事情で三人以下となり、振り分けが必要になったとか、もしくはターゲットの性格上、人数が多い方が良い…等が考えられる。そこまで驚くことではなかった。

「遅れてすいませーん」

 その時、店内に甲高い声が響いた。若く、張りのある声だ。私は声がした方向に顔を向けて、思わず目を剥いた。

 女だった。薄いチェックの入ったワンピースに、可愛らしいブーツ。編み込みを入れた明るい髪色は、その童顔と合っていた。

 私は絶句した。この女は。

「ああ、やってきた。ジュン君、スミエさん、紹介します。この子はミナさん。まだ二十歳ですが、彼女にも参加してもらいます」

「よろしくお願いしまーす」

 気の抜けるような返事をして、ミナはにこりと笑った。

「へえ。ミナちゃん、よろしく。俺、ジュンって言うの」

「はーい。よろしくですー」

 ジュンは露骨に鼻の下を伸ばし、下品な笑みを浮かべている。可愛く若い女となれば、男は嬉しいものだろう。

 しかしそんな見え透いたものであっても、彼女に対し笑えるだけマシだ。私は、笑えなかった。それは単に、若者特有の空気感に圧倒されたとか、そんなものではない。

 ああ。

 間違いない。

 化粧や服装が変わっても、忘れる訳が無い。

 彼女は、夫が事故を引き起こした張本人だった。

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