私がマサキ達に手を貸したのは、三年前の事故が発端だった。

 その事故で夫を亡くしてからの私は、自暴自棄の状態だった。それは慣れない株に手を出し大損し、多大な借金を背負ってしまう程。途方に暮れていた、ちょうど一年前のことだっただろうか。私は、マサキに声をかけられた。

「私達の仕事を手伝ってくれれば、簡単に完済できますよ」

 初対面の人間から聞く良い話ほど、期待できないものはない。裏がある可能性は高かった。

 ヤクザの類の者か。こんな歳になって、私も水商売に足を突っ込まなければならないのか。それともそれ以上…殺され、臓器を根こそぎ売られるなんてこともあり得る。

 そんなこと、フィクションの世界でしかあり得ないと思えるだけに、いよいよのところまで来たなと腹を括ったが、話を聞くと、彼らのいう仕事は、想像の斜め上をいっていた。

 「自殺するフリをしろ」。端的にいえば、そう。それをすれば金をやる、彼はそう述べたのだ。


「ねえ」

「はい」

「あなたの言ってること、やってることは理解したつもりよ。その、えっと…『人生やりなおしっ子サイト』に登録した人を騙せばいいのよね」

 サイト名を口にする時、恥ずかしさに声が少し小さくなる。マサキは意にも介さず、にっこりと笑みを浮かべた。

 私は今、彼からサイトの存在と本当の目的…自殺志願者の自殺を食い止めること。二つの説明を受けたところだった。

 初めは面食らったが、落ち着いて聞くと、ようは彼らと一緒に、自殺志願者の前で自殺の演技をすれば良い。それだけのことだった。

「そうです、そのとおりです」

「でも。少し分からないことがあって」

「なんでしょう」

「マサキさん。どうして、私に声をかけたのかしら」

 素朴な質問だった。自殺する演技とはいえども、私はこれまでそんなことをした経験は無い。夫を亡くした直後は、死ぬことで楽になれるのではないかと考えもした。それでも結局、行動に移すことは一度もしていなかった。

 私の質問に、マサキは優しく答える。

「あなたが、私達と同じだからですよ」

「あなたたちと、同じ?」

 未だ理解ができていない私に、彼は続ける。

「我々の仲間たる人間の候補者の情報は、管理人より都度送られてくるんです」

 管理人。先程、確かサクライとか言っただろうか。

「恐縮ですが。スミエさん、少し前に旦那さんを亡くされているようで。お抱えの借金もまた、そのストレスが原因だったんでしょう」

「え、ええ。まあ」

 突然自らの身の内を語られ、若干動揺する。

「サイトの、いわゆる運営サイドにいる私達は、簡単に言えば『不幸な者』の集まりなんです」

 マサキの言葉に、思わず目を見開いた。その挙動を見て、彼はいやいやと手を鼻先で左右に振った。

「お気に障っていたらすみません。もしも、ご自身がご自身のことを不幸と思われていないなら、大変失礼な言い方でしたね」

「いえ、いいわ。大丈夫」私は微かに首を縦に傾ける。「でもそうなら、あなたたちも何かしら、不幸ってことかしら」

「…ええ、まあ」

 彼はこめかみ辺りを人差し指で掻き、目線を逸らした。どうやら、彼の事情はあまりおいそれと人には言えないものらしい。あまり聞き過ぎるのも野暮と思い、マサキに先を話すよう促した。

「管理人によれば、不幸な過去を持つ方程、自殺のフリにも、拍が付くとかなんとか」

 最後の方は彼自身、あまり自信がないのだろう。声のボリュームが若干下がったような気がする。

 とにもかくにも。私の実情を知って、それがサイトの実行部隊に相応しいと彼らに判断されたということか。光栄なことなのか、不幸のレッテルを貼られたことを腹立たしく思うべきなのか。

 でも、何故だろう。本心としては悪い気がしなかった。

「わかった。とりあえず、私もその自殺のフリを手伝うわ。そうすれば、その。お金も貰えるのよね」

 マサキはまたも微笑むと、何も言わずに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る