「ここまでは、大丈夫でしょうか」

「質問があります」

「なんでしょう」

「ええと。今の話だと、ターゲットが逃げること…それが前提になっていますよね。けど、私のように逃げるのが遅い人がいたらどうするんです。他にも例えば、そう。ターゲットが地面に落ちた時に、足や腰を痛めたりして動けなくなったとか」

 騙す相手がいつまでもこの場にいる以上、マサキ達はロープを切れないし、二進も三進も行かないのではないだろうか。

「今、どうです?」

「今って?」

「まさに今、その状況でしょう。私達はどうしてます?」

「どうして、って…マサキさん達はフリであることを」

 そこで私は言葉を切った。マサキは肯く。

「そうです。ロープを切って、『自分達は、自殺のフリをしていました』って、正直に言った訳ですね」

 唖然あぜんとした表情の私をそのままに、マサキは言う。

「人生やりなおしっ子サイトが、嘘の内容と知られても良いんです。今時匿名掲示板やSNSなんかもありますが、信憑性しんぴょうせいも無いだけに広まりはしない。それにそもそもこのサイト自体、通常の検索じゃ出ないように設定していますし、メッセージに送ったURLはワンタイムアクセス認証で、自殺決行日当日までしかアクセスできないそうです。

 それに騙されたと思えば、他の同じようなサイトも疑わしくなってくる。類似の自殺サイトに登録しようなんて考え、起き辛くなりはしませんか。少しは自殺願望を鎮めてくれるんじゃないかと」

 一人で死なれたら防ぎようないですが…と、そう付け足す彼の言葉に、私は全面的に納得はできなかった。昨今の情報化の勢いは凄まじい。ネット上にさらされる可能性が少ないとしても、簡単に事実を話すのは早計すぎやしないだろうか。

 しかし実際にサイトを運営するサクライという人間がいる訳だし、その点は保障してもらっているのかもしれない。こうぺらぺらと話すだけあって、そのやり方で、これまでやってこれたのだろう。

「…でも、失敗した時の対応はあっさりなんですね」

 随分と簡単に自殺志願者のことを突き放すものである。

 マサキは「あのですね」と話しつつ、「『自殺のフリをする』。私達が課せられた仕事は、これっきりです。サイトの目的は自殺者の救済らしいですが、私達がその理念を意地でも貫く必要はない。うまくいかなかったら、それはそれで構わないんですよ」

 そうきっぱりと述べる彼に、私は何も言えなかった。そんな私に、彼は満足げに鼻を鳴らした。

「ともかく、サイトの説明は以上です」

「あ、ありがとうございます」

 ひとまずはと、私はマサキに頭を下げる。その行為に彼は目を丸くした。

「私達はあなたを騙していたんですよ。恨まれることはあっても、感謝されるようなことはしていません」

「え、ええ確かに。ですが、事情を説明してもらったので…」

 私が慌ててそう言うと、彼は目を細めた。

「お優しい方ですね、カヨさんは」

「え、あ、そんな」

 動揺する私に、彼はそう言って息をついた。しかし心なしか、口の端に笑みを浮かべているように見えた。

「俺らの話はこれで終わったな」そこでジュンが手を挙げた。「そろそろ、そのくらいにしておいてさ。とりあえず今は、目の前の問題を解決するべきなんじゃないんすかね」

 目の前の問題。

 もちろんミナの死についてである。

 それにスミエも同意する。

「そうね。その件だけど、とりあえずカヨちゃんにも付き合ってもらいたいの。私達同様、あの子の死を見届けた一人だから」

「は、はい。それは大丈夫です」

 彼女は「ごめんね」と微笑んだ。

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