雪原の太陽
あおいそこの
ユキちゃん
わたしにはすきなひとがいるんだ。
ひとりぼっちで、ケガもしていて。でもじぶんがもっているなおせるちからをつかえるだけのげんきもなくて。そのひとはわたしのことをたいせつなものみたいに。うすい氷のようにだきあげてくれて
「大丈夫?」
ってやさしい声をかけてくれた。それがものすごくうれしくてあまえた声がおもわず出ちゃった。
その時わたしは子どもだった。かぞくもむかえに来てくれなくてわたしだけの。ひろいあげられてから、みたことがないばしょにつれていかれた。わたしのためにつくられたなんのこわいものもないばしょでそだてられた。
毎日のようにその人は来てくれて、人形であそんでくれた。さいしょの方はこんらんしてしまってどうしよう、どうしようってけいかいしていたけどその人はわたしのこおっている心がとけるのを春のように待ってくれていた。雪どけが春のように、しぜんにやって来た。
「僕の名前はね、汰葉っていうんだよ。よろしくね。君のお名前は?」
そう聞かれてもわたしは自分のなまえを知らなかったし、それをつたえるだけの言葉も持っていなかった。もとからないわたしの声をうめるようにさけんでいるわたしの心の声をタイヨウはひろってくれた。まるで春がおとずれるように。あくまでしぜんに。
「君のお名前は…ユキちゃんにしよう!ユキちゃん、よろしくね」
よろしく、を伝えるかわりに自分から近よって行った。抱っこしてほしい。かおに出すといとおしそうにちょっとたよりなさそうなうでをのばしてくれた。あたまをなでてくれた。
「ユキちゃん!」
「こら、ユキちゃん!」
「すごい!ユキちゃん!」
危ないことをしたり、ダメなことに気づけていないとにはちゃんとしかられた。でもいいことをしたり、ちゃんとごめんねって思えていたら、えらい、とかすごい、ってほめてくれた。
うれしいことの方がいくつも、なんこも多いんだけど。こんなに大切にしてもらっているのにさみしいって思ってしまったり、心の中が足りない、もっと、ってなることがあるんだ。
だからいつか、タイヨウに言いたいことをまとめた。
・ごはんをいっしょに食べてほしい
いつもひとりだから。そうおもうの。食べられるものがちがうのは分かる。けどいっしょのばしょで、ちがうものを食べたって何ももんだいはないでしょ?まいにちじゃなくていいんだ。タイヨウがそうしたいって思ってくれた日だけでいいから。できればそんな日がなんにちかつづいてほしいんだ。
いっしょにごはんを食べたい。
・もっとことばをきかせてほしい
いままでずっとタイヨウの言葉を聞いてきたけど、まだわからない言葉もあるの。だいすきだからタイヨウの言っていることを全部じゃなくても分かることをふやしたい。よく分からないってかおをすることもあると思う。そうしたらこの言葉はね、ってどんないみかせつめいしてほしいんだ。
たい葉の言葉をききたい。
・見たことをきかせてほしい
わたしと毎日、ずっといっしょにいるわけじゃないでしょ?だからわたしにあったことをタイヨウだって全部知っているわけじゃないから。わたしもどうにかしてタイヨウに1日のことを伝えようとがんばるから、タイヨウの1日の中でおきた、わたしが知らないことを聞かせてほしいんだ。
知らないことを知りたい。
・思っていることが伝わっているか教えてほしい
タイヨウは言葉を持っているけれど、わたしは言葉を持っていないよね。生まれた時から、きっと声は失われていたんだと思うの。でもタイヨウは出会った人の中で唯一わたしの言葉を拾ってくれるでしょ?わたしは伝えたいことがあるのに、どうやって伝えればいいか分からないからタイヨウの中で芽生えるわたしの声の選択肢をわたしに教えてほしいんだ。
伝わっているか知りたい。
・わたしのこと恐れないで欲しい
大切にしすぎるがあまり。誰にも傷つけられぬようにと思うが故に。抱きしめすぎてしまって、そうする方が壊れてしまうこと。傷つけてしまうこと。もう気付いているんだ。でもわたしは何があっても汰葉を傷つけようなんて思わないの。無垢だから、っていうのが理由にならないこと知っているけど、それでもどうか恐れないで欲しいんだ。
恐れないで。
「ユキちゃん。僕はね」
なぁに?
「ユキちゃんが怖いとは思わないよ」
うれしい!
・・・
「よっこいしょ、ねぇユキちゃん」
なに?
「僕はね、ユキちゃんが可愛いなって思いすぎるくらい思ってるからもっと甘えていいよ」
いいの!!
・・・
「ねぇ、ユキちゃん」
どうしたの?
「大きくなったね~僕はいつか抜かされちゃうね」
それでも抱っこしてよね!
・・・
「ユキちゃん」
なになに?どうしたの?
「ユキちゃんが怖くないと言ったら嘘にはなっちゃうんだけどね。でもその恐れはユキちゃんのためでもあるって分かって欲しいんだ」
・・・
分かってるよ
そのくらい。
いつか離れなきゃいけない時が来ることもちゃんと分かっている。言葉には出来ないけれどタイヨウのように学ぶから。
その時寂しいって泣いたらタイヨウはわたしを抱きしめるだけで終わるだろうね。ちゃんと現実を教えるために悪いことをしたらおやつが消えたり。当たり前じゃないよ、って不定期だったり。
子供のころからわたしがどんな時でも縋れるのはタイヨウだった。何もかもの始まりが太陽であるように。1日が終わる合図が太陽であるように。タイヨウがわたしを手放す。
わたしのために、わたしだけのためじゃない所で背中に気持ち程度に当たっている手の温度が消え去る。不安そうな顔をしてもタイヨウはいつもの笑顔で答えるだけ。
もう抱っこはしてくれない。抱きしめられただけ。頑張ってね、と応援されただけ。
わたしにとっては怖いものだらけの場所。でもそこがわたしの生まれた場所。家族がいる場所。家族になる仲間がいる場所。タイヨウが教えてくれた消えるおやつの現実なんかよりももっと怖い何かが消えちゃう現実があるところ。
出会った時の傷はもう治ってる。心の傷も癒された。タイヨウが太陽みたいに笑ってくれていたからなんだよ。わたしの心に雨を降らせなかったから。雨雲をどかす太陽のように。雪を溶かす太陽のように。ユキを溶かしたタイヨウ。
まだ一緒がいいよ。って。
わたしは声が出せるようになっていたこと、分かってた。でも怖がらせないように。これ以上恐れられたくないから。だから抑えていた声を振り絞って吠えた。
太陽がいくら照らそうとも永久凍土のこの大地は溶けない。通じる言葉で仲間に話した。
私には好きな人がいるんだ。
【完】
あおいそこのでした。
From Sokono Aoi.
雪原の太陽 あおいそこの @aoisokono13
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