恩義と忠誠心

あおいそこの

本文

光とは電磁波で空気を伝う波である。その中でも見える、可視光が光と名前がついてそこにあるかのように自分の手に降り注いでは消えていく。それが定説だ。

その定説を今までにはないような語彙を使って説明する、それも理論的に、分かりやすいように。その説そのものを否定し新しい自分の考えをあげてもいいが今与えられたこのお題で瞬間的にあっと驚かせるような説を建てられるほど俺は優秀ではない。


技術界における神と呼ばれた、人物は1人。その人は今では日本トップレベルの企業にまでなった電気工業の会社の社長だった。今でこそ、その座を退いたものの各界著名人からの年賀状が今でも絶えないであろう存在の夜風錦(よるかぜにしき)。

俺が今いるのはその夜風さんが開いたパーティーでのことだった。

たまに気まぐれでパーティーを開いてはそこで1つのテーマを出席者に与える。その日の終わりまでに自分から夜風さんに話しかけて、自分なりの答え、解釈を告げる。告げなくても特に何が起こるわけでもなく、強制的なものではない。それに最後に表彰されたりするわけでもない。

しかし何度かこの『神のお遊び』『錦のお遊び』と呼ばれるパーティーで夜風さんすらも驚かすようなとりあえずすごい回答をした人が会社にスカウトされ重要なポジションに就いたことがあった。だからその目に留まろうとみんな必死になってそのテーマを考えるのだ。

素晴らしい回答をした人全てが待遇に恵まれたり、将来を約束されるわけではない。一企業の社長として素晴らしいほどの活躍をした夜風さんの人を見る目は確かだと言われているのには『神のお遊び』で選ばれたごく少ない人がめざましい活躍をしていることも理由だ。自分がそうなれるとは多分多くの人は思っていないだろう。ただその土俵に上がってみたい、というのは共通する目的だ。

「夜風様のパーティーに出席される方ですか?」

そう声をかけられて驚いた。ホテルのロイヤルルームという札がかけられている大きな部屋にはその他のホテルサービスを利用しに来た人とは会わないような構造になっている。受付を探してさまよっていたところだったからありがたかった。

「そうです」

「お名前は?」

「白欠栖藤(しらがきすとう)です」

「白欠様ですね。少々お待ちください、名簿を確認いたします」

ベージュよりの白色の制服に身を包んだ清楚な感じのホテルスタッフと思わしき人が対応してくれた。神のお遊びが開かれた日を追うのが俺の日課、というか習慣だった。一度場所を特定できたことがあって、何でもない時に向かったことがあるが大前提一般庶民の俺は鳴れていない場所。こういう場所を使っているのか、と探る目で舐めるように見ていく。

「確かに白欠様、ご招待されていますね。どうぞ、こちらへ」

閉じられていた大きな(と言ってもおおよそ3メートルと言ったところか)扉が開いた。すでに何人かが来ているようだった。ミモリさんの後ろについていく。ネームプレートに書かれてあった。

「立食パーティーの形式ですので固定されたお席はございません。ドア付近や、壁に並んでおかれている椅子をご利用くださいませ。飲み物は各種取り揃えております。アルコール、ソフトドリンク、あちらのバーカウンターの方ではカクテルを注文されることも可能です。夜風様の今回テーマを考える際に必要でしたらこの部屋前方に紙や、ペン等が置かれております。ご自由にお使いください。何か質問はございますか?」

「その、貴方は夜風さんの会社の職員か何かなんですか?」

「えぇ、夜風グループ系列のこのホテルの事務スタッフです。母が長年一緒にお仕事をさせていただいて、その役を私が引き継いでいるだけですわ」

「そうなんですね。すいません、変なこと聞いて」

「いえ、お客様に対して正当な理由がなければ要望を断るな、と夜風様がよく仰られていますので。隠すようなことでもありませんし。では、私はこれで」

その笑顔がとても眩しく見えた。

改めて会場内に目を通した。主役はまだ来ていない。

見える範囲の人の中には世間に名前が知られているような人もいた。そこまで有名人などの類に詳しくない俺が知っているような人も。

「おっす、と、ってごめんね?ぶつかっちゃった」

トンと背中に誰かが当たった。

「あ、いえ…」

「君、名前は?」

「白欠栖藤です。失礼でなければ、お名前は…」

「名乗らせたんだから名乗るさそりゃあ!僕の名前は異美海荘(いみみしょう)。学生の時はテストのとき名前を恨みまくっていたよ。よろしく、栖藤くん」

「はあ、よろしくお願いします」

差し出された手をぎこちなく握った。どこかで名前を聞いたことがあるような、無いような。

異美…海荘…異美海荘…

「もしかして、ルールテッカの社長の、異美さん!?」

思わず大きな声が出ていた。ルールテッカとは今に夜風を超す、と言われている企業だった。最新技術を次々と生み出しては進化させ、他の企業とは格が違う。ひとえに代表である異美海荘の天才的というしかないほどの頭脳が根源だった。メディアへの露出は最低限、不祥事も起こらない。そのクリーンさが好きだった。家電をほぼルールテッカのもので揃えたのはスタイリッシュであることだけが理由ではない。

「そんな肩書なんて反吐が出るね。はじめましての度にそうだ。ただの文字で、言葉さ。ただの異美海荘を好きになってくれたまえよ?栖藤くん」

男の俺でもじくりとうずくような感覚がした。

「すいません、気に障ったら」

「いやいや、全然。慣れているさ。では僕はこれで。他にも挨拶をしなければいけない人がいるのでね。あぁ、これ僕の名刺。栖藤くんの名刺もくれないか?」

「あ、もちろんです。どうぞ。累計いくつの名刺をもらうんでしょうね。異海さんも、俺も」

「そうだね。『外の世界ーOut Of Worldー』…科学系雑誌の編集者なんだね」

「一応。端くれですけど」

「文章を紡げることは素晴らしいことだよ。素晴らしく、尊いことだ。関わる仕事に誇りを持っていい。言葉とは偉大なまでに、強大なまでの、驚異的な力を持つからね」

はためいたスーツから香ってきた脳がとろけそうなほど心地よい香水が俺の背筋を伸ばした。この人の言葉はまるで魔法のように、蛇のようにすり抜けて心を掴んでくる。子供心のような琴線はもちろん、警戒心の高い捨て猫のような大人の心も。

「ではまた」

異美さんの背中が大きく見えたのはひょろい俺の背中と比べて肉付きもよく体格もよかったからではない。

「今回はこの人か…」

と思わず呟いてしまった。

天才と呼ばれるほどの実力者で、今では夜風グループと1、2と争う会社。そのトップ。運ではないことくらい分かっている。圧倒的な実力だ。認めるしかないほどの実力だ。夜風さんの出すテーマはいつも科学に関係するからきっと今回はこの人が納得するような考えを夜風さんに告げてしまう。

どんなテーマにしても哲学的な人間の本質などは興味がないと噂が立っている。だから科学的な、理論的な、物理法則的にあり得る回答でなければ夜風さんの目には止まらないと思う。人体の神秘とか、構造とか。調べたら出てくるもの。科学の雑誌の編集者とはいえ一般人よりも知識があるか、その程度。スペシャリストの異美さんみたいな人に敵うわけがない。

人間に無関心、そんな噂に尾ひれがついて『夜風錦は神だ』『ロボットだ』と言われるようになった。実際にアンドロイドなわけじゃなくてそうでなければ説明がつかないほどに革新的であり、確実だったということだ。


しばらくして会場の照明が落とされた。

「今宵開催されましたパーティー『闇の覇者』にお越しの皆さん壇上へご注目ください」

ざわめいて人の気配が前に集まっていくのを感じる。

「夜風錦の登場です!」

皆が思わず手を叩いた。俺も同じでステージ上でスポットライトを浴びて眩しそうにしながらも手を振っているその人にくぎ付けになりながらも拍手をした。

「ありがとう、あぁ、ありがとう。おほん、私が夜風錦です。『闇の覇者』なんて子供っぽいですかね」

笑いが起こる。

「知っている人もまぁ~いるでしょうが、私はこういったパーティーでは必ず1つのテーマを皆さんにお渡ししてから始めるんです。全員で、1つの」

唾を飲んだ。簡単なものを考えるのはつまらない。かといって難しいものに対応できるだけの脳みそもない。適度なやつ…不純な願いをしている自分に笑ってしまった。

このパーティーの出られるというものすごい名誉だけでも腹一杯だけれど俺の視点を献上することが一番の目的だ。だからこそテーマはものすごく俺にとって重要。

「今回のテーマは『光』」

夜風さんがそう言った瞬間にスポットライトが消えた。足音が数回響いて、再び照らされたときには舞台の端の方に移動していた。

「闇の覇者、と同義語だと私は思っています。どうか皆さんの考えを聞かせてくださいね。制限時間はパーティーが終わるまで。楽しいパーティーはすでに始まっていますよ!!」

消えた照明の命が再び激しく宿されたように死んでいた照明が力を持った照明に切り替わった。

いつの間にか料理が運ばれてきている。俺は美しいグラスが等間隔に並べられた飲み物エリアにまずは向かった。こういうところの酒は絶対にうまいって相場が決まってんの。ちょっと酔って思考回路が緩んだくらいじゃないといい答えも浮かんでこないだろうし。

言い訳をして飲んだ。

「ひかり・・・」



ラテン語ではlux(ルクス)、英語ではlight(ライト)などなど。光とは、何か。雑誌を編集している時の誤字脱字チェックのような校正作業の際に何度か目にしたことがある。でもそれもどうして光は見えるか、電磁場が波となって伝わっていく。そんなこと、ただのロジック。メカニズムではない。どうして電磁場が存在するのか。そもそも酸素とか、原子とか、それらが発生した原因までさかのぼらないと俺は気が済まない。

元は暗かった。

この世界、というかビックバンあたりは。でもビックバンは高温の火の玉のわけで。それそのものが光を放っている。そうやって目に見える、見えないの違いはもはやどうでもいいとして。その光そのもの。光とは。

くるりと椅子を回してフロア、は失礼か?この広間的な場所にいる人たちを眺めた。さっきの異美海荘さんはもうすでに夜風さんと話している。「光」について話しているのかは分からないが、怖気づいている様子ではない。

すげぇな。

バーカウンターに肘を置いて反り返った。

「眩しいな、あの光」

照明の白い光が目を刺した。目を瞑る。目を瞑って真っ暗だと思っている世界でも光の有無は分かる。それは俺の目が普通程度には見えているから。ワンデイのコンタクトはしてるんですけれど。

光が何かを答えて欲しいのだろうか。夜風さんは。

何を答えと認める要素として求めるんだろう。


『希望』


急にその単語が頭の中に浮かび上がってきた。よく希望の光、とかそうやって表されることがある、ような気がする。小説をよくを読むわけじゃないがよく見る、気がする。人に対しても、技術や、形のない物でも。思想とか、そういう。夜風さんは人間の本質や、哲学のような人間論ではないテーマを考えさせる。

奇を衒ってそういう希望だと俺は思いますね~、というのも悪くない気がしてきた。

それが潰えることが誰アにとっての光になることもある。それを夜風さんに提出してみたい。

では人にとって希望とは?

俺はなくてはならないものだと思う。人にとって。人として持っておくべき、求めてしまう、本能のような救いであると思う。それがなければ誰にもなにも、期待しないだろうし、その期待がなければ何も始まらない。バイトの面接を受けるにしたって、ここなら雇ってくれるかもしれない、と思っていくわけで。誰かと関わる時もそうだ。この人は話を聞いてくれるかもしれない。かもしれない、という不確かなものが期待で、それを言葉として少しかっこよくすると希望になる。

期待がなくてはいけない。ひいては希望がなくてはいけない。

そうなるだろう。でもその希望は形がないもの。手に取ることはできない。人や、物だったならその手に収まることはあるだろう。けれどどの期待も、希望も手を伸ばしたところにあるとは限らない。

その希望と光の共通点は何だろう。

光とは、そこになければならない。でなければ何も行動できない。朝があって、昼が来て、夜が訪れることは多くの人が当たり前に思っていること。朝になれば太陽が昇っていて、目を覚ました時には光が射していることをわざわざ気にしはしない。もっと別のことを気にするから。それか眩しいな、と鬱陶しく思うから。

光は、いつだってそこにあるのに見ようと思わなければ見つからない。多くの人はそれが身近にあるから当たり前のように恩恵を受けているが、肝心な時には気づかない。

まるで希望のようだ。

自分の状況に絶望した人は希望が全くないと打ちひしがれる。探せばきっとそこにはあるのに。全てを断つものだったとしても。イレギュラーなことが起こらなければ心の底から求めることはしない。

これだ!

俺は心の中でガッツポーズをする。夜風さんはどこだろう。人が切れたら話しに行こう。見渡して探す。

「っはぁ~!!」

横にすごい勢いで腰かけてきた中年男性に驚く。少しよれたスーツに、適当に結んでいるネクタイ。ポケットからハンカチが見えている。使った形跡もある。髪の毛のセットもきちんとされていたらしい。かきあげて崩したようだ。全くの礼儀知らずというわけではなく見えた。

「んだよ、兄ちゃん」

「えあ、いえ別に」

「錦さんのやつ光とは、とか言い出しやがって。んなの頭悪い俺にわかる訳ねぇだろ」

これは独り言か?独り言なのか?反応するべきか?

「兄ちゃんは錦さん探してたんじゃねぇの?俺が来るまできょろきょろしとったやろ」

独特な錦さんのイントネーションに混ざる関西弁。

「あ、いや。僕も、全くって感じです」

「だろぉ!?いやぁ~錦さんはやっぱり神なのかねぇ」

笑いながら言うその人に尋ねた。

「その失礼でなかったらでいいんですけど、夜風さんとの関係とかって…」

「ん?医者だよ。医者。夜風の専属、つーかかかりつけ医よ。錦さんは丈夫や自分で言うてたけど年取って心配になることも増えたんやろな」

「へぇ~そうなんですか。よければ名刺交換していただけませんか?」

「俺の名刺欲しいなんざ物好きだね。ほれ」

受け取った名刺には有名な大学病院の名前とその肩書き。脳神経外科教授と書かれていた。すごい人だ。

「そんで、兄ちゃん。光って、何だと思う?」

「え、あ、その…なくてはならないもの、かなって」

「それはどうして?」

「日常生活とか、そのもの…?生きるということに支障がある、と。なくては、ならないもの…というか、そこにあるんだけど、状況によっては、見えなくなってしまう…みたいな」

自分の考えていたことの一部をしどろもどろになりながらも説明した。ただでさえ不完全な考えなのに八馬笠遥(やまがさよう)教授のねっちこい視線に捕らわれていてうまく言葉にできなかった。

「兄ちゃんは、そう思うのか?」

「そうですね…」

「錦さんが哲学的なことを今まで一切テーマにしてこなかったことを知った上で?」

「え、えぇ。はい」

「ほんならはよ錦さんのとこ行き」

「自分で考えをまとめてから行きます。まだ言葉も拙いですし」

「どんな言葉だっていいんだよ。錦さんは人の話が大好きだからな」

背中を叩かれた。笑ったその目が少年のようにキラキラしていた。熱を持ってじんじんとしている背中を向けて俺は歩き出した。


歩き始めた。だんだんと足取りがふわふわして感覚をなくしていく。これを告げた時の反応に対しての不安がやはり拭えない。俺のような奴の話を聞いてくれるだろうか。夜風さんに対して抱いている感情の大きさが言葉の節々に出て媚だと思われないか。

「あっ、あのっ、夜風さん!」

「ん?どうしたんだい?」

「その、光について…なんですけど」

「おお!君の話を是非聞かせてくれ!君、名前は?」

「栖藤…白欠栖藤です」

何度も名乗った名前をまた名乗った。八馬笠という医者に話したこととほぼ同じことを話した。自分の思う光とはこれである、そう思いながら話すと自然と語気が熱を持った。表情を変えずに聞かれると面白くないのかな、と不安になる。しかし夜風さんの中でも光になる。そう思った。この先聞かれたらこう答えよう。どんな質問が来ても答えられる自信を持てるほどに完成度は高い回答だと自負していた。


「ふむ、君の。白欠くんの光は、『希望』なんだね」

「はいっ!」

「求めなければ、見ようともしなければ、そこにはないけどいつだって自分の傍に寄り添っている。希望と、光の共通点。確かにそうだね。君の解答は私の心を動かしたよ。ありがとう、良い考えを」

「あ、いえ…」

「まだパーティーは終わっていないからね。他の人の解答も聞いてくるよ。今のところは君の考えが一番好きだよ。人道的な考えを私は否定するわけじゃないからね」

「えっ、あ、ありがとうございます」

嬉しくなって直角のお辞儀をした。ネット上や、テレビの中の人とばかり思っていて、自分とはきっと関わることもない。どこか天上人のような気がしていた。そんな職業に俺はなれるのかもしれない。


「おい、白欠の兄ちゃん」

「はい?あ、えっと、八馬笠さんでしたよね」

「おう。夜風さんが哲学的な、人間の本質的なやつに好評とは驚いたぜ。んでさ、兄ちゃんはなんでここに呼ばれたんだ?夜風さんとなんかしらの関わりがあるはずだろ?」

2つ持っていたグラスの1つを受け取って喉に流し込みながらどう言葉にするのが正しいか考える。

「父が生前ほんの少しだけど夜風さんと関わりがありまして…本当に少しなんですけど。夜風グループの傘下、だけど小さい会社の社長をやらせていただいてて。きっとそのことを夜風さんは覚えていてくれたんじゃないかな、って」

「そうなんやなぁ。生前っちゅーことはお父ちゃんは、もう亡くなられて?」

「はい。2年ほど前に体調を崩しまして」

「そうか。兄ちゃんは強く生きろよ」

「はい!」


時計を確認しながら案外夜遅くまでやるんだな、なんて思いながらパーティーを過ごしていると照明がオープニングの時のように消えた。壇上に夜風さんが見えてマイクを通した声が響き渡る。最前列で一挙手一投足を観察する。

「皆さんの素晴らしい『光』についての考えをありがとう。今日も様々な考え方に触れられて実に有意義な時間でした。心の底から感謝を申し上げたい。本当に、ありがとう」

頭を下げる姿さえ輝いて見える。嫌味じゃないのもちょっと嫌味だ。

「夜も遅い。必要な人はホテルのスタッフにタクシーを呼んでもらって気を付けて帰ってください。皆さんとまた会える日を心待ちにしています」

拍手に包まれて柔らかく光が消えていく。同じだけ時間をかけて再び証明が灯される。壇上から夜風さんはいなくなっていて舞台の後ろにある2つの扉の右側に入っていった。完全に暗がりになっても目が慣れて見えていた。


最後列から会場の後方の扉へ向かって歩いて出て行った。俺もそれに続いて出ようと思った。

「ちょっと、白欠くん」

「え、あ、はい!」

「私はね、君の『希望』という答えがすごく好きになったんだ。それにしっくり来た。光との共通点もはっきりしていて、まさになくてはならないものだね。希望も、光も。両方とも、闇を制す」

「そう、僕も思います」

「私の屋敷で深く語りたいと思うんだが、出来る限り長く。用事があったら遠慮なく言ってくれたまえ。今後に関係するからね」

「全然!大丈夫です!光栄です」

まさか夜風さんのような人の目につく考えが出来たなんて、と思ったし今後に関係するということは俺の持つ科学の知識が何かの役に立つかもしれない。淡い野望に胸がときめく。まるで少女漫画かのように。屋敷と呼ぶくらい大きな家を見てみたい。行ってみたい。その気持ちがはやった。

「今日もよければ泊まって行ってくれないか。パーティーのせいで夜も遅くなってきたし」

「むしろよろしいんですか…?」

「もちろんだ!人間的な考えに答えがない分語り合いは深くなるだろう?闇がこの世で大切な心に幅きかせぬよう。その為の光を、さらに知りたいんだ」

「嬉しい限りです…本当に、驚いて言葉が出ないんですけど…夜風さんがそうおっしゃるならぜひ伺わせていただきたいです!」

「そうかそうか、それは私もすごく。嬉しいよ」

微笑んだ顔を見て、俺もきっと頬が緩んだ。急激に瞼が重たくなって俺は倒れた。体が動かなかった。動かないというより、力の入れ方を忘れたような。夜風さんの足元に動きは見られなかった。まるで俺の時間だけが進んでいるみたいだった。時間が俺だけのものじゃなくなった時、夜風さんの足は一歩俺の方へ踏み出されていて、俺だけの視界は完全に消え去った。


次に目を覚ましたのは、目を覚ました時だった。追加情報が何もなくて、ただ起き上がれなかった。腹のところにベルトがつけられていて、寝っ転がっている冷たい鉄の板とくっついていた。固定されているのか首自体をピクリとも動かせなかった。恐らく手足も同じようにベルトか何かで固定されているんだと思う。全く身動きが取れない日常生活の中では起こり得ない状況に脳が施行を停止する。

意識を飛ばす直前一緒にいた夜風さんはどうなったんだ?足しか見えていなかったけど倒れた様子はなかった。俺が完全に意識を飛ばすのを待って個人的な恨みを晴らすために危害を加えたとか?そんな漫画みたいなこと起こるか?警備も万全っぽかったし侵入出来る隙なんてほぼ無いに等しいはずだ。

じゃあもしかして夜風さんが?僕に一体どんな恨みがあるというんだろう。恨みじゃなくとも特別な感情が発生するような時間は過ごしていないと思うが。

「起きとる?」

「なん…で…?」

「声だけで気づくんはさすが…でもないな。兄ちゃんは選ばれたんや。錦さんの特別な相手の、そのお相手に」

「は?何言って、犯罪だろ!!」

「そうやなぁ~バレなきゃ犯罪じゃないんやで」

それは分かっている。でもここからどうにか逃げ出して監禁されましたって言えば済む話。髪の毛を1本か2本残してこのベルトに微量の皮膚やら、汗をつけておけばここにいたことが分かる。

「逃げ出そうなんて、無駄なことは考えるのやめや。体力の無駄遣いや」

「監禁まがいのことされて逃げ出そうって考えない奴の方がおかしい。早くこの拘束解け!」

「まぁまぁ、ちゃんと逃がしてやるんやからそう暴れるんやない。ちょぉっと目薬さそかー」

急な目の中の異物感に顔が歪む。ただの目薬か、と思ったがどうしてかは分からない。

「チクリとするからな~」

目の近くに注射を刺される。すると目のあたりがどうもおかしくなった。視界良好。コンタクトが外れているのか少しはっきりしない部分はあるが寝起きとほぼ変わらない。目が閉じられない。瞼に命令をしても言うことを聞いてくれない。

「もう感覚ないと思うけど機械設置するな~」

確かに感覚はなかった。目を機械で全開にされる。

「白欠くん」

「お前っ!なんでこんなことするんだよ!」

「私は人間的な考えに興味があり、人間に興味があるが、それは実験対象としての興味に過ぎない。科学を研究し、それを製品へと昇華する際にはニーズや、使いやすさ。その製品を買うお客様の収入、家庭での様子、家族構成。誰に刺さるのかを調べるために必要な情報と思っているだけ。人間賛歌を尊ぶような考え方は持っていない」

「目をどうするつもりだよ!」

「ただ、人間賛歌を尊ぶ。それに近しい人格を持つ人は身の回りに置いておきたいと思う。裏切りや、善悪の判断、哀しみを感じる瞬間、物事を大切にする精神。そういう人たちへはいつも脱帽する。ご苦労、その考えを背負ってくれて、とね」

「クズが」

「おや、どうしてだね?どうしてそう思う?聞かせてくれ」

「裏切られない人を選ぶってことだろ?自分は義理も情けもないから用済みになればさっさと切り捨てられる冷酷者であることを隠して、試すような真似をする。クズだろ!」

「全人類いつだって選ぶ側に立っているんだよ。だから選り好むのは当たり前だ。君は私が気に入るような思考を持っているだけで、決して聖人ではない。全ての物を受け入れ、罪を許すような立場にいなければいけない人間じゃない。だから私のこの行動を許せない、受け入れられない。君がそう思うのも仕方がない。そしてそれは私も同じだ。私も同じ、仕方ない人間だ。聖人じゃあない。だから試すような真似をする。不都合なことは隠す。気に入った人を選び、優遇する。なにか、おかしいことかな?」

その考えには納得した。納得するしかなかった。ただ金を持って、権力を持って、多くの人を従える立場にいるからと言って全員を大切にしなきゃいけないわけではない。それは聖人君主の仕事だ。夜風さんはそういう人ではない。

「なにが、目的なんだよ」

「パーティーのタイトルは覚えているかね?」

「・・・闇の覇者」

「そうそう。闇を制する者。君は闇を制する光のことを希望と言ったね。見ようとしなければすぐ近くにあることを気づかない。私もそう思っている。近くに希望があるが、どうにもその希望には手を伸ばしがたかった」

「倫理観的なことで?」

「いや違う。美しくないんだ。この世を生きている人は。私が気に入って傍に置いたり、重役を任せたり。そういう人たちの瞳も欲に溺れていく。いつかは濁ってしまう。美しくないものを、美しい人に譲り渡すのはその人に対して礼儀もなっていないし、敬意も伝わらないだろう?」

何言ってんだ。

「君が希望について話している時の目が本当に素晴らしかった。これだ、と思い、希望を感じている表情が実に美しかった。だから君の角膜は私が世界で一番美しいと思う人に譲ることにした」

考え方がサイコパスも驚くほどに猟奇的すぎる。そもそも承諾の段階がない。選ばれた人の今後はどこに?今後目が見えないまま生きていくことになるってことだよな。

希望に選ばれた人は、殺される?

「おそらく君は知らないだろうが、私があのパーティーに招待している人の多く私に対していい感情を抱いていない人なんだよ。異海くんだって常に私をどうやったら欺けるかを企んでいる。君は盗聴器を仕掛けて聞いていたから分かったかな?八馬笠も私に対しての恩義と、復讐心をいつもはかりにかけている」

盗聴器のこと気づいていたのか。一瞬ぶつかられた時に誰でもいいから夜風さんと話している時に情報が欲しかったから小型の盗聴器を仕掛けた。それが異海美荘と分かった時はなんたる幸運かと神に感謝した。

「そして君のお父様のことも。私は知っているし、覚えている。お父様が亡くなった原因もしっかりとね。あぁ、私を殺せる。そんな目をしていたね。神の創造物でお互いに殺し合うのは人間だけ。最も人間らしい行為を望む君の眼の中の希望はやはり、美しい」

感情を堪えるがあまり歯が折れそうなくらい強く噛む。

「この野郎…許さねぇからな!」

「人に対して執着がない、と言っただろう?その延長線上の感情だよ。会社が直接関係しているとはいいがたい事案で、子会社も子会社。中小企業の、末端。上に上がってくる段階で基本的にはもみ消されてしまう事案を知っているだけで褒めてもらいたいくらいだが、家族から見たら当たり前の感情なのかもしれないな。ご家族のことは残念に思っている。しかし、私にとっては『そんなこと』でしかない」

「そうだろうよ…お前の考え方聞いてなんとなく察してたよ」

「人に対して執着をしない。さっき君が言った人を簡単に切り捨てられる、ということはまさに私を表している。不必要となった物を捨てるように。しかし思い出は簡単に捨てられないように。人が忖度をするように。私は人を区別する。私は瞳を渡す相手を何よりも大切なものだと思っている」

何を言ったって俺の声は聞き入れられることがない。全ては既に決まっていた台本通りだから。

「錦さん、そろそろええか?」

「あぁ、長く話していて済まないね。お願いしよう」

去っていく革靴が床を叩く音。ゴム手袋が皮膚に当たる音。バットの上から金属のメスを取り出す音。サンダルを引っかけて歩く音。痛いほどに脈打っているであろう首筋に血液が流れる音。痛いほどに肋骨を叩くように逃げ出そうとする裏切り者の心臓の音。勝手に闇に生きる者になってしまうということに対する絶望の音。

音に支配された脳みそ。


希望が絶える時、人は闇を表現する。


近代技術の神とまで呼ばれた夜風錦に奪われることになる俺の情報を受け取る役割の持ち主の行き先。人生の予習を語る映画があるように、まだ死んでいない俺も自分じゃない人の人生を盗み見たっていいだろう。

「光流(ひかる)」

偶然とは思えない名前の響きだ。

「錦おじちゃん?」

「そうだよ。体調はどうだね?」

「いいよ。今日のお天気は?」

「曇りよりの晴れだよ。太陽が少し陰っている」

この光流という子は夜風にとっての宝物らしい。でも目が見えない。幼少期にかかった病気のせいで目が見えなくなり今も慢性的な体調不良が続いているらしい。そして俺の見えた機能、俺が見つけた希望、俺の疑いの光は、この光流へ渡される。

病院のベッドでいつも1人寂しく座って考えを巡らせているしかない。

「今度みんなで遊びに行こう。行きたい場所はあるかい?」

「私、奇数で遊びに行くのやだよ。3人とか」

「それは分かっているさ。でも行きたい場所を考えておいてくれ。それで今日はね、いいお知らせがあるんだ」

「そうなの?どんなお知らせ?」

「光流はもうすぐ目が見えるようになるよ」

「え?どういうこと?」

「ドナーが見つかったんだ。光流に角膜という目の組織を提供してくれる人が」

強制的だけどな。

「私、小さい頃みたいに目が見えるようになるんだ…」

「そうだよ。嬉しいかい?」

「嬉しいよ、けどすっごく怖い。手術をして、目を開けても今と何も変わっていなかったらって考えたらものすごく怖い」

「そんなことは起きないよ。私の信頼しているお医者さんが何もかもを終わらせてくるからね。光流にとっては新しい始まりになるね」

「私、嬉しいよ!」

首元に抱きついた中校生くらいの子供。光流の母親は早くに亡くなってしまっていて、生きている父親も仕事に追われる日々を過ごしている。その父親の何よりも信頼している相手が夜風のトップ、錦。

部屋の扉が開かれる。

「あぁ、僕の光流。嬉しいお知らせは聞いたかい?」

「パパ!聞いたよ!すごく嬉しい!嬉しくてそれだけで目が見えそうだよ!光ってるみたい!」

「すぐに現実になるさ。もう少しの辛抱だからね。今までよく頑張ったね」

「うん…パパ…」

「今度は此処にいるみんなで遊びに行こうじゃないか!生きたい場所を考えておくといい!」

「パパ、それもう錦おじちゃんから聞いたよ!」

という感動物語は数日前に起こった。お涙頂戴の素晴らしい演劇の裏で目玉をほじくられそうになっている俺。


「なぁおい、もう逃げられないのは分かったから全身麻酔にしてくれないか?意識がある状態で目を切り刻まれても不快なんだよ。俺の目は譲ってやるからそのくらいの配慮は頼むよ」

「そうか。ほんならその通りに」

近づいてくるメスが遠ざかる。正直な話時間稼ぎのためだけに会話を引き延ばしている。

「あと、もう1つ約束してほしいんだけど」

「内容によるな。それに許可を出すんは俺やない」

「まだ夜風のやつもすぐそこにいるんだろ?」

「んーんー、後で聞いてやるから言ってみ」

「俺が夜風グループにこんなことされましたって言ってももみ消されるとは思う。でも万が一捜査に入ったり、このお目目が渡された人とか調べられるでしょ?その時に元々俺の物だったって分かられちゃわない?だから俺がこのことを口外しない代わりに一生衣食住と、金を保証しろ。今更俺には抵抗出来ないが生きてる限り、捜査されるまで叫ぶぞ。もしくは片目だけでもいい」

「分かった。今聞いてきたる」

逃げられたらいいな、くらい。でもこの世は金が大きな割合、役割を占める。父さんがそうだった。自分の利益を追求せず、他人の利益ばかりを考えて生きてきたら死んだ。父さんの生き方はかっこよかったし、尊敬しているけどそうやって生きられるほど俺は日向の者ではない。

「白欠くん、聞こえるかい?」

「おー聞こえるぞ」

「君の要望はよく分かった。その要求をのみ込もう。衣食住を生涯保証。好きなだけの金を渡してやる。片目という要求は飲み込めない。それでいいか?」

「おう、まあな。夜風さんよ、直々に契約書作ってくださいよ」

「そうしよう」

契約書を作らせにその場を離れさせた。


俺は目に光が宿る。そしてその俺は裸足で森のような場所を走っている。関西弁のタバコのせいで肺が弱っていて呼吸音がおかしくなっているオヤジと一緒に。

「なんでだよ」

「しっ、静かに!夜風の奴が言うとったやろ?俺はいつでも殺せる立場にいたがもう限界や。アイツに恩なんて返さんくてええ。どうせ逃げたら逃げたでまた別の奴を探すんや。俺らは簡単に逃げられる」

「八馬笠さん、生活できなくなるんじゃ…」

「俺のことはいい。もうどこの病院も勤められないやろうけど、海外の知り合い当たるわ。お前には俺の金やるから落ち着くまで逃げ」

「どうしてそうしてくれるんですか?」

「俺の娘も夜風グループに人生狂わされとんねん。技術者やってんけど事故が起きて一生嫁には行けんような顔に傷が出来たんやけど。労災が半分以下やった。せやけど夜風の1つ前の専属の医者が治してくれへんかったらそもそも命はなかった。それは恩義っちゅーもんやけど、こういうことに加担するのはごめんや」

「娘さんたちの仕事とか」

「俺の嫁が系列のホテルスタッフで、かなりの立場になっとった。その跡継いどるから急に辞めさせられることはないやろ。夜風はそういうことはせん。まぁ、おそらくやけど。嫁にも行けたし孫の顔も見せてもろうた。旦那もそうとういい奴や。俺は死んだってええ。仕送りもあいつらが死ぬまでくらいやったらできる」

知っているかもしれないことを今後のために聞いておこうと思った。

「今までパーティーで選ばれた人は、八馬笠さんみたいに?知識がすごい人ばかり選ばれるのは…」

「そういう理由もある。多いんは、逃げられないくらいの何かを握られとる奴や。今後の収入やら何やらもそうやけど。無駄口叩いてないで走れ」

誰が味方で、信じていいのか分からなかった。鬼ごっこみたいだ。捕まったら即ゲームオーバーの鬼ごっこをただいましているけど。広い屋敷からはもう出ているようでとりあえず都会の方へ逃げていく作戦だとか。

ここらへんでちょうどいいか。

にやり、と笑って背中に隠し持っていたナイフで八馬笠の背中を刺した。事前に異海さんに教わっていた急所が外れている場所だ。

「なっ…」

「父が死んだのも事実で、それが夜風グループの影響なのも事実。その時の対応が不十分だったのも、ものすごく事実。でも八馬笠さんと同じで俺は恩義と復讐心を買われまして。裏切者を見つけるために雇われました。八馬笠遥さん」


ご愁傷様です。


裏切者には最大限の罰を与えるのだ。

「八馬笠、逃げちゃダメじゃないか」

「錦さん!?嘘だろ!?」

「嘘じゃない。異海くんとの取り引きでね。今愛のパーティーで崇高な裏切り者を見つけないといけなかったんだ。もう十分生きただろう?復讐なんて忘れて。実行したって心は救われないんだから。もう眠れ」

迫りくるメスに裏切者の心臓が激しく波打つ。


【完】

あおいそこのでした。

From Sokono Aoi.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恩義と忠誠心 あおいそこの @aoisokono13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る