第8話 面影を求めて

 昼下がりの館の廊下を、私は目的の部屋へ向かって歩く。結界があるせいで時間感覚が掴めないが、時計を見るか、規則正しく睡眠をとることでかろうじて生活は保っている。久しく太陽を見ていないが、最近はこの空気もなかなかに気に入ってきた。目的の部屋へやってきた私は、フレアの部屋とは違い、躊躇なくノックをする。中から「どうぞ」と声が聞こえてきたので私は部屋へ踏み入れる。


「失礼致します。クライム様、少々お時間よろしいでしょうか?」

「君の方から尋ねてきたのは初めてだね。もちろんだとも、キリのいいとこ目で仕事を片付けるからそこに座って待っていてくれ」


 私はクライムが示したソファに座り、クライムの仕事が終わるのを待つ。ソファは革張りでしっかりとしていながらも、包み込んでくれるような柔らかさもありすぐに高級品とわかる。他の調度品も、貴金属や宝石が使われており、さすが貴族の執務室と言える。しかしそれらには派手や豪勢といったものは感じられず、落ち着いた雰囲気でまとめられている。クライムの趣味を観察していると、仕事を終わらせたクライムはローテーブルを挟んだ向かいのソファーへ座ると、ティーセットから紅茶を注ぎティーカップを私の前へ奥。ここではあくまでも食客として私を扱うそうだ。


「フレアの専属メイドは順調かな?かなり自分勝手で困っているのではないかな?」

「はい、なのでお嬢様について知るためにクライム様へ尋ねたいことがあります」

「いいでしょう。何が聞きたいのですか?」


 クライムは予想通りといった表情で私に応える。やはり私をフレアの専属メイドにあてがった時点でこうなるとわかっていたようだ。私は早速クライムへ質問をする。


「月花樹とはお嬢様にとって何ですか?」

「……月花樹か、どこでそれを?」

「メアリーから聞きました。毎日のようにそこへ通っているということも」

「そうか、てっきりご機嫌取りのために好きなものとか聞いてくると思って資料も準備したんだがな」

「それはそれでください。今の私の課題は一刻も早くお嬢様について知ることなので」


 子供じみたクライムの考えも今は貴重な情報なのでもらっておくとする。フレアと月花樹の関係、彼女がそこまで入れ込む存在について何かわかれば関係構築の鍵になるかもしれない。そう思い私はクライムへ月花樹について質問した。


「結界のことは聞いたのかい?」

「はい、昔はもっと広範囲だったと」

「では早速フレアと月花樹のことについて話そう。正確にはもう一人、私の亡き妻、つまりフレアの母、エリアスについてだ。」


 そういうとクライムは月花樹について語り出した。


「今から何十年か前、まだ結界が月花樹の元まで覆っていた時、月花樹はフレアと妻のお気に入りの場所だった。ピクニックに行くと慣れば大抵はあの場所だったし、身内だけの誕生日パーティーを満開の月花樹の下で開いたこともある。まさにフレアにとっての母の思い出の地だ。妻が亡くなった時、フレアは六十二歳、人間で言えば六歳だった。当時幼かったフレアにはきっと受け入れ堅かったのだろう。フレアは亡き母の面影を求めてあの地へ通っている。だからこそ私も屋敷を抜け出すのを黙認している」

「……ではなぜ結界を縮小したのですか?」

「四季の庭を維持するために範囲を削らなければならなかった」

「ですが四季の庭作らなければお嬢様も屋敷を抜け出す必要が――」

「それは君に必要な質問なのかい?」

「……失礼致しました」

「いい、私も久しぶりに妻のことをゆっくり思い出せた」


 フレアにとって亡き母との思い出の地、とクライムは語った。しかしなぜ結界を縮小して月花樹を結界から外したのか。それとも四季の庭にはフレアの思い出よりも大事なものがあるのか。意味のない思考に耽りながら、それでも疑問は私の頭を占めていた。


 **


「それでは失礼致します」

「フレアの専属メイド、頑張ってくれ」


 あれから二時間ほど、いくつかの質問とクライムが準備した資料を読み漁り、私は執務室を後にした。今ならフレアの好きな花からお気に入りの下着の柄までわかるがそんなこと知っていても今は意味がない。というかなぜそんなことクライムが知っていたのか、軽く恐怖を感じた。

 亡き母との思い出の地、知りたかったことは知れたがそこに私が割り込む余地などない。どうやら今の情報ではフレアとの関係構築は難しい。しばらくは彼女の命じる雑用をしながら情報を収集するしかないだろう。

 一応フレアへ仕事が終わったのを報告するため部屋へ立ち寄ることにし、自室とは逆方向へ歩みを進める。ふと、四季の庭、その冬の庭へ目を向けると、そこにはフレアがいた。庭の一角、他とは違い何も花が咲いていない花壇に生える三本の小さめの木の苗へ、フレアは水を与えていた。確かメアリーが月花樹の苗をフレアが育てているといっていた。おそらくあれがそうなのだろう。青々と茂る葉は、月花樹が順調に育っていることと、花を咲かすまでまだ時間がかかることを示していた。私が食べられるまでに見られるかは微妙だ。


「お嬢様、探しましたよ。本日の業務の報告に――」

「ちょうどいいとこに来たわ!朝から動きっぱなしでお腹が減っていたのよ!今すぐ私の部屋に来なさい!!」

「え?お嬢様?あの、ちょっと――」


 ……やぶへびだった。


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