第4話 プレゼント

本日は初回記念で4話同時投稿です。

ぜひお楽しみください

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 屋敷に到着してからの数日間は実に平和的だった。昼間は書斎で読書したり庭の散歩をしたりする。屋敷のメイドたちからは『なぜこの少女はこんな高待遇を受けているのだろう』と言った懐疑的な目や『人間風情が目障りな』的な過激派から嫌悪感のこもった目を向けられたが気にしなければ問題ない。初日のクライムの一括が効いたのか私への直接的な嫌がらせはないし、それにたまに庭の手入れを手伝っていたからか庭の管理担当のメイドたちからはかなり好意的に思ってもらえてるようなので特に問題はない。

 そんな平和的な生活をしていたのが昨日までの私。そして今日の私はというと。


「ほう、これは確かに上物ですな」

「……」

 長卓の上で大きめの鳥籠に入れられて見せ物にされていた。


 **


 一月九日、いつも通り朝5時に目を覚ました私は朝食までの時間、読書ををしていた。朝5時起きの習慣は孤児院時代からの習慣である。朝食の準備や庭の手入れ、部屋の掃除などをしていたらいつの間にかこの時間には起きるようになっていたのだ。

 そんな感じで時間を潰していると、ふと門の開閉音が耳に入った。窓の外に目を向けると豪華そうな馬車が屋敷に入ってくるところだった。クライムへの客人かと思ったが時間が経つにつれどんどん馬車が増える。今日は茶会でも開くのだろうか。それなら外出は控えたほうがいいだろうかと考えていると部屋にノック音が響く。


「クライムだ。少しいいか?」

「はい、どうぞ」


 そういうとクライムが私の部屋に入ってくる。クライムはいつもより装飾多めの服を身につけており、メイクもいつもより手が混んでいた。


「どうかしたんですか?」

「ああ、今日なんだがな、この屋敷でパーティーを開くのだ」

「そうですか、では私は部屋から出ないほうがいいですか?」


 そうクライムへ問うがクライムは「実は逆なのだ」と首を振る。


「実は客人がどこから聞きつけたのか君のことを見たいと言い出してね。誰にも話してなかったのに、ドレークのやつが口を滑らせたようだ」


 確かドレークは院長の名前だったはず。ほとんど忘れかけていた。


「では私がその人たちに挨拶すればいいのですか?」

「いや、挨拶ではない。……鑑賞だ」

「……はい?」


 困惑している私を見て、クライムは私の疑問に答える。


「君は私の屋敷では客人として扱われているが吸血鬼からしたら食材でしかない。茶会に来た客人のほとんどはそういう考えの持ち主なのだ」

「はい、クライム様が変わり者だということは知っています」

「……まぁいい、今はそれよりもパーティーのことだ」


 私の軽口を流したクライムはそう言ってパーティーについて説明をする。


「先ほども言ったとうり君は食材だ。食材から話しかけられてよく思うものはいない。そこで君には食材として振る舞ってほしいのだ」


 言われてみれば当然の話だった。私だって野菜や鶏肉に話しかけられて良くは思わない。というか怖い。まぁ人間は野菜などと違って知性がある生物だけど吸血鬼にとっては似たようなものなのだろう。


「わかりました。具体的にはどうすればいいんですか?」

「それはだな……」

「……?どうしたんですか?」


 クライムは何やら言い淀んでいる。恥ずかしい格好でもさせられるのだろうか?


「恥ずかしい格好するくらいなら大丈夫ですよ」

「いやそうではない。そうではないんだが……」

「なんですか?はっきり言ってくれないとわかりませんよ?」


 そうやってクライムに続きを急かすとようやくクライムが話し出した。


「これに入ってほしいのだ」


 そこにあったのは大きめの鳥籠だった。


 **


 そういうわけで今私は長卓の上で大きな鳥籠に乗せられている。長卓は十人掛けでそこに座る吸血鬼は絶賛私を鑑賞中だ。この場にいるのはパーティーに呼んだ貴族の中でも爵位の高い貴族の当主たちらしく、他の貴族や彼らの連れ達は本来のパーティー会場にいるそう。ちなみに恥ずかしい格好はしなくて済んだ。


「ほう、これは確かに上物ですな」

「……」


 ちょびひげ貴族が体育座りをする私を見てつぶやく。この鑑賞会で私がクライムにお願いされたのはただ一つ、反応せずにただただ座っていることだ。そのため何を言われても我慢するしかない。それに見られているとはいえ彼らは珍しい食材を見ているだけだ。人間の女の子を見て欲情しているわけではないのでそういう目線ももちろんない。


「ぐふふふふ、なかなかに容姿端麗。食材としてはもちろんだが女としても――」

「……」


 ……ないはずだ。だからこのハゲデブの言葉にも耐えなければいけない。耐えるから早く殺してくれクライム!もうこのパーティーで私を振る舞ってしまえ!いやそれだとこの変態にも食べられてしまうのか。やっぱ今日はやめておいてくれ!!


 「して、これは今日のパーティーで振る舞われるのですかな?」

「いや、今日のパーティーでは振る舞われる予定はない。これだけの素材だからな。振る舞いどころも慎重に見極めねば」


 ちょびひげの横に座るタレ目ののっぽさんの質問にクライムはそう答える。休止に一生を得た私が安堵しているとハゲデブが発言する。


「それならばクライム様!この人間、是非とも我が家で買い取らせていただけませんか?」

「ッ!?ずるいぞバーミリオン!!それならば我が家もその商談に参加させていただきたい」


 ハゲデブの発言を機に部屋の中では私を巡って言い争いが始まる。これがイケメンなら憧れのシチュレーションだった、いや食われてしまうのだからそうでもないのか。とにかく変態に変われるのはゴメンである。


「黙れ!!」


 部屋中に初老の男の声が響き渡る。私を巡って言い争っていた貴族たちは一斉に静まり返る。


「この人間はカータレット侯爵が買った人間だ。どう扱うかは侯爵に権利がある。貴様らの決めることではない。違うか貴様ら!」

「し、失礼いたしました」


 どうやら貴族たちはこの初老の男に頭が上がらないらしく、男に反論する貴族はいなかった。


「ありがとうございます、先生」

「何、当然のことを言ったまでだ。クライム、間違えるでないぞ」

「……はい、重々承知しています」


 初老の男はクライムと親しい間柄らしい。だが男に何やら指摘されたクライムは顔をこわばらせてそう答えた。

 その後室内には沈黙が続いた。誰もが私の鑑賞という目的を忘れ気まずい時間を過ごした時、勢いよくドアが開かれた。


「お父様!!」

「フ、フレア!?」


 部屋に入ってきた少女にクライムは驚いたように名前を呼ぶ。クライムを父と呼ぶ少女、フレアは私が屋敷に来た初日、結界の外に見た少女であった。


 **


「それでお父様?何か申し開きはあるの?」

「……すまなかった」

「それだけじゃすみませんよ!私の誕生日パーティーほったらかしてこんなとこで油売ってたのですから!」


 どうやら今日開かれたパーティーはフレアの誕生日パーティーだったようだ。そりゃ怒られるよ。主役ほっぽってここで鑑賞会なんかやってたんだから。


「今日という今日は許しませんよ。この前だって一緒にお出かけするって約束して楽しみにしてたのに、急用が入ったとか言って一人で街へ行って。すぐに帰ってきたと思ったら女の子を連れて帰ってきて。私なんてよその女の子よりも価値がないのですね!?」

「そ、そんなわけないだろう」

「じゃあコレはなんなの!?」


 そう言ってフレアは私を指差す。


「結局今日もまたこの子じゃないの!これじゃあなんの信用もありません!!」


 確かに、二回連続で約束を反故にされて、その上原因がどちらもよその女の子だとすれば、百クライムが悪いだろう。


「待ってくれ、彼女はそういうのではないんだ!」

「お父様の言葉は信用できますせんわ!!」


 完全に信用を失ったダメ親となったクライムはフレアに取り合ってすらくれなかった。そこにすかさず救いの手が差し伸べられる。


「フレア嬢、少しお話しできませんかな?」

「リチャードおじさま……お久しぶりです」

「フレア嬢もお久しぶりですな。百四十歳の誕生日おめでとうございます」


 リチャードおじさまと呼ばれた初老の男はフレアを宥めるために説得を始める。


「何もクライムも考えなしに約束を保護にしたわけではありません。クライムはフレア嬢のためにこの人間を仕入れてきたのです」

「……私のためですか?」

「ええ、十年後、フレア嬢は成人します。そうなるとデビュタントを開かねばなりません。それを完璧なものとするため、クライムはこの人間という最高の素材を仕入れたのです」

「……なぜいまなのでしょう。十年後でも十分間に合うはずです」


 リチャードの説得にフレアは一応話を聞いてみようという姿勢をとった。しかしその様子を見るにクライムの疑いはまだまだ晴れてはいないようだ。


「この人間は孤児院から仕入れたものです。その孤児院は12歳になると修道院に行かなければなりません。そうなると我々も手が出ないのです。この人間はいま十歳、十年後では間に合いません」

「……ではこの集まりは?」

「仕入れた素材がフレア様のデビュタントに相応しいかこの場にいるもので審議していたのです。……ですな?」

「は、はい。その通りであります」


 威圧のこもった視線にちょびひげは同意する。それを見たフレアは納得したのかクライムに話しかける。


「……お父様」

「ッ!?なんだい?フレア」

「話はわかりました、ひとまずお父様のことを許します」

「おぉ!ありがとうフレ――」

「ただし条件があります!」


 クライムの顔が希望から絶望に染まる。それを見たフレアはおかしそうに笑ってから続きを語る。


「そんな顔しないでくださいお父様。欲しいのは誕生日プレゼントです。今日、私の誕生日でしょう?」

「あ、ああ。なんだそんなことか。わかった、なんでもプレゼントしよう」


 再び希望で溢れた顔でそういうクライムにフレアは「いいましたね?」と言ってから私を見る。


「この子は私のために仕入れたのですよね?」

「ああ、そうだ」

「じゃあこの子をください」


 その瞬間、周囲の貴族がざわめき出す。クライムも動揺してしたようにフレアに聞き返す。


「もう一度聞かせてもらえるかい、フレア?」

「聞こえなかったの、お父様?ならもう一度いいます!」


 そう言ったフレアは私を指差し宣言する。


「この子を私にください!」

「……なぜ彼女が欲しいのだい?」

「だってこの子、とっても美味しそうだもの!」


 こうして私は吸血公女に拾われたのだ。

 

 ……食糧として。


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