それは誰の××か

LeeArgent

前編

 若い頃の話だ。

 家電量販店に勤めていた俺は、とある男の家を訪ねた。


 家電量販店は、売るだけが仕事じゃない。大型の家電を配達したり、不要になった家電を引き取ったりも、仕事のうちだ。

 この日の仕事は、不要になった冷蔵庫を引き取るという内容だった。

 季節は夏。いつもなら下請け業者に頼む仕事なんだが、繁忙期であったために人手が足りない。店舗スタッフが次から次に売るものだから、配送が追いつかないんだ。


 というわけで、俺は正社員であるにも関わらず、下請け業者と一緒になって配送の仕事をしていたというわけだ。

 別に、接客や力仕事は嫌いでは無い。むしろこの仕事を、率先して引き受けたくらいだ。


 H県K市〇〇町――

 俺は、下請け業者の下田しもだが運転するトラックに揺られ、その住所にやってきた。

 建っていたのは小さな家。風が吹いたら壊れてしまいそうな、ボロい家だった。

 一瞬空き家かと思った。だが、玄関を見れば、男が一人立っている。車を玄関近くに停め、下田しもだとともに男へ頭を下げる。


「家電量販店のE店ですー。冷蔵庫の回収に参りましたー」


 下田しもだは間延びした声でそう言った。


細田ほそだ玲弥れいや様で、お間違いないでしょうか?」


 俺は、伝票に視線を落として問いかける。客の男、細田ほそだは「はい」と返事して、俺らを家の中へと招き入れた。

 家の中は静かだった。人の気配はまるでない。家具も全て撤去されている。


「引っ越すんですよ。家具はほぼ全て運び出したんですが、冷蔵庫は処分したいなと」


「かしこまりました。冷蔵庫はどちらへ?」


 俺は問いかける。細田ほそだは俺達を台所へと案内した。

 

 汚らしい台所だった。


 昔からよくあるような台所だ。シンクやコンロは壁向きについていて、タイルの壁は劣化により所々ヒビが入っている。

 調理スペースは非常に狭く、まな板を置けるようなスペースなんてほぼない。

 料理をする場所なんだから、多少の油はねは普通のこと。だが、細田ほそだ家の台所は、妙な汚れ方だった。

 

 壁タイルに大きな染みがあったんだ。クリーム色だったはずのタイルは、赤にも黒にも見える汚れを吸って、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 床にも汚れは飛び散ったらしい。拭き上げられてはいるものの、ぬるぬるとした油汚れで足が滑る。


「これです」


 細田ほそだは冷蔵庫を指差した。

 黒いボディの、大きな冷蔵庫。おそらく大家族用。容量は600Lといったところか。

 既に電源コードは抜かれており、いつでも運び出せるような状態だった。


「一旦、中を確認させていただきますね」


 下田しもだが率先して、冷蔵庫の中身を確認する。冷蔵室、冷凍室、野菜室……全て空っぽ。冷気すらない。問題なく搬出できそうだ。


「はい、では回収させていただきます。

 リサイクル料金と、回収手数料がかかりまして……7430円です」


「はい、お願いします」


「かしこまりました。では、養生させていただきますね」


 俺は下田しもだと共に、養生シートを取りにトラックへと向かう。そして、手際よく養生作業をし始めた。

 玄関から台所まで、厚手のシートを広げる。足りなければ2枚、3枚敷き足した。

 養生を終えてから、俺達は冷蔵庫の搬出に取り掛かった。


「いくぞ。せーのっ」


 俺と下田しもだは掛け声に合わせて冷蔵庫を持ち上げる。空っぽとはいえ、大型の冷蔵庫はかなり重く、腰にずしんと負荷がかかる。

 壁にぶつけないよう注意して、玄関まで運び出す。トラックの荷台に積み込むと、ベルトで固定して細田ほそだを振り返った。


「ああ、ありがとうございます」


 細田ほそだはやけに嬉しそうだった。余程、この冷蔵庫を持て余していたのだろう。

 細田ほそだから回収の料金を受け取る。更に心付けまでしようとするものだから、それは断った。


「ありがとうございました。失礼します」


 俺は下田しもだと共に頭を下げる。

 トラックを発進させ、店へと帰る。


 が発覚したのは、次の日のことだった。

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