第10話──燃ゆる火の紋章
「あっぶな! 危ないわ! さすがにダメかと思ったもう、本当に……」
フリーダは、フォヴォラの拳から
怯えた表情をしているところにバッチリと目が合ってしまった。
「な、なによ! 私はあんたみたいにぴょんぴょん飛び回れるような近距離タイプじゃないの! おしとやかに魔法をバーンと放ってパーンって攻撃する遠距離タイプなんだから!」
喚いている間にもフリーダの小さな体が大きな影に包まれる。フォヴォラが拳を振り上げてもう一撃を食らわそうとしていた。気づいたフリーダは、わわわっと口を大きく開いたものの動けないでいた。
「ヤバい! 今度こそやられる〜!」
拳が振り落とされる直前にフリーダの体を抱えると、転がりながら影から遠ざかる。
「……大丈夫か?」
「あ、ありがとう……」
ゆっくりと地面に降ろしながら怪物を挟んで向こう側にいる王子の様子を窺う。王子と目が合うと、こんな状況にも関わらず微笑んでくれる。
「えっ……マリク王子、やばっ! カッコいい!」
「本当に、カッコい……」
「え?」
「い、いや、王子はいつでも冷静でいておられる。その姿勢がまあ、そのカ……素晴らしいということだ」
心の声が漏れそうになってしまう。この子は逆になんでこんな状況で楽観的でいられるのか……本当はすぐにでも王子を救いに行きたいのだが、どうやらこのフォヴォラを倒さなければいけないようだ。
猛禽類の鋭い視線を見るにこちらを──というよりもフリーダを狙っている。逆に言えば王子に直接攻撃が向かない分、今がチャンスではあるもののこれだけ巨大だといったいどうしたものか。
「おいおい、大丈夫か〜? 嬢ちゃん、あんた怪物に狙われてるみたいだが、何をやらかしたんだ?」
「だから、子ども扱いするなっ! この筋肉ダルマ親父!」
「はっはっはっは! すまん。だが、そんなこと言ってる場合じゃねぇんじゃないか? とりあえず、ティナ! 返すぜ!」
投げられた鞘を手で受け止めると、腰へと戻す。こうしている間にも、フォヴォラの重い一撃が大地を揺らした。
「フリーダ。魔法を使ったんじゃないの? あなたの宿している〈燃ゆる火の紋章〉で」
「使ったよ~顔面に大きな火の玉をね! でも、怒らせちゃったみたい」
白いローブから出た手をひらひらさせながら、屈託なく笑うその顔は本当にこの場には似つかわしくなかった。危機感がないんだかなんなんだか。
「思ったより強かったのは認めるよ。でもね、もうちょい集中する時間があれば、もっとでかいの創れるかな?」
魔法系統の紋章のことは正直あまりわからない。確か、使い手によって「階層」が何段階かに変わるらしいとは聞いているが。
「要するに、時間を稼げればこの巨体も倒せると?」
「うーん、倒せるまではどうかな? でも、確実に足をつかせることはできるよ」
赤い瞳が真っ直ぐにこちらを見る。茶化すような笑顔だが、瞳だけは笑っていなかった。
「わかった。アーダン」
「ああ」
剣を構える。動き出すのは次の攻撃の直後だ。怪物が拳を振り上げた。フリーダを後ろへと逃がす。王子の青い瞳と目が合う。トクンと、跳ねた胸の音に蓋をしたまま大きくうなずくと、強烈な一撃が上空から降ってきた。
地面を蹴って高く跳び上がり、剣先でわずかに攻撃の矛先をずらした。待ち構えていたアーダンが棒を思い切り振り回し、敵の攻撃をガードする。
動きが止まったところで、私とアーダンは素早く駆け出して足元を切り刻む。何度も何度も、そのときが来るまで。
全く痛がっている様子を見せない怪物に、アーダンの攻撃が乱れ始めた。内心焦っているのだろう。時間は、待つ方が数倍長く感じるらしい。だが、楽観的で危機感のないあの少女は、そんな態度が取れるくらいには実力も経験もあるはずだ。──子どもの頃の私とは違って。
大木のような足が持ち上がり、私達は横へと逃げなければならなかった。しかしその刹那、あのとき──牢での戦いのときに感じた熱さが首筋を襲った。
後ろを振り返ると、爆発音とともに熱風が巻き起こるほどの火柱が上がっていた。言っていた通りに、フォヴォラの足元が崩れる。
「ティナ!」
「了解した!」
私は、空に向かって跳び上がった。そのまま回転しながら剣を振り下ろすと、構うことなくその首を両断した。
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