第2話:迷い人異界に来りて

 私の母校は帝京大学、その八王子キャンパスというところでしてね。


 ……おっと、「平成」を真ん中につけるのはやめてもらおうか。


 で、その八王子キャンパスというのは短く言うと山のてっぺんにありました。近くにエッチなお店、もとい娯楽施設はなく、フィールドワークに若干の適性がある山がありまして。


 行き方は主に3通り。


 運賃お高い多摩モノレール。

 出荷気分味わえる京王バス。

 そして万能かつ地獄の徒歩。


 私は真ん中を使用していました。

 更にその出荷元は3つありまして。


 高幡不動。

 多摩センター。

 聖蹟桜ヶ丘。


 どれも一定の魅力がある……つけ麺屋とか、ブックオフ、とか(多分)デートスポットとか。

 上と下は京王線を使用して行くことができます……聖蹟桜ヶ丘→高幡不動という順でね。


 私は新宿から乗り換えるのですが、そうすると特急を利用しても尚、30分は時間を食う。30分というと大したことない、そう思われるかもしれません。でも1/2時間、もしくは1/48日と考えると……どうです?

 中々に貴重な暇タイムでしょ。

 その間何をするのか。


 学生時代の前半は読書をしていました、ええ。

 色々読みましたよ……ラノベ、ラノベ、ラノベ、ラノベ、架空戦記架空戦記架空戦記架空戦記架空戦記架空戦記、ローマ人の物語、ジャパニーズSF、など。

 タイトルを挙げていきましょうか。

 『ゼロの使い魔』、『緋弾のアリア』、『学戦都市アスタリスク』、『ようこそ実力至上主義の教室へ』、『ゼロから始める魔法の書』、『ストライク・ザ・ブラッド』、『ニンジャスレイヤー』、『涼宮ハルヒの憂鬱』、『この素晴らしい世界に祝福を』、『デート・ア・ライブ』、『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』……

 あとは、

 田中光二、荒巻義雄、横山信義、山本弘、小松左京、伊藤計劃、貴志 祐介小林泰三、田中啓文、梅原克文、安生正、

 そして……もういいって? これは失礼。

 こういったことを語る機会は滅多にないもので。特に忌々しいコロナ禍になってからは、ね。もちろんもっともっとリストはありますとも。

 とにかく学生時代の前半は暇さえあれば読書でした。


 そして後半、即ち2018年からは、





 睡眠睡眠就寝就寝就寝就寝睡眠睡眠睡眠睡眠睡眠就寝睡眠でした。

 一言では「寝る」となりますね。ええ。

 何せ当時の私はいわゆる自称「ゲーム廃人」でしてね。朝から晩まで「シヴィライゼーション」シリーズを始めとする各種シュミレーションゲーム、そして底なし沼のオンラインゲームに興じていました。

 なので移動中と授業中は常に寝ていました……友人らの間では「ラジオが授業中起きているのはキリスト復活レベルの奇跡」なんて言われる有様。


 こうして振り返ってみると実に日本の学生らしい過ごし方でしたねぇ、どうして普通の成績で卒業できたんでしょうか。



 ――――いい加減に本題に入りましょう。退屈してきたでしょうし。





 あの日、推定では2018年の……11月下旬頃。

 歩き出した冬が赤ん坊を経て大人となり、歴戦の将軍になろうかという時期ですね。


 皮膚炎持ちにとっては怒り狂うレベルの乾燥が襲い掛かるその日、私は早めに大学を切り上げ、今日はどのゲームをしようかと考えながら帰路を急いでいました。


 ……サボりじゃありませんからね? そう、決して。


 確か高幡不動駅にて16:09分発の京王線特急・新宿行に乗りました。

 いつもは空いているのです。順路が逆ですし、時間も時間ですから。ただこの日はより一層の空き具合でした。

 一車両につき精々4人。

 そんな風でしたから、席は選び放題。私はこれ幸いと目ざとく背もたれ代わりとなる席のを見つけ、無個性かつ縁もない乗客を尻目に車内を進み、自分の縄張りを主張するように尻を下しました。

 それから僅か2秒で夢の世界ですよ。

 腕時計は16:08と記されていたことを覚えています。






 

 次に目を開けた時、が目の前に広がっていました。

 





 列車の減速する慣性に刺激を受け、あくびをブチかましながら顔を上げると、そこは駅でした。

 もう新宿に着いたのかな、それにしては……と思い腕時計を見ると16:29とあります。

 がらんどうの肋骨の内側といいますか、誰もいない車内を降りると淋しい光景が広がっていました。

 目の前の案内板には


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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              北野⇐KO王片倉⇒山田             

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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 とありました。

 大学時代の私は某号泣会見した議員のように「鉄道には興味も無く無頓着なので……」といった有様でしたから、これを見てもそこまで疑問に思いませんでした。

 ああ、中々しゃれた四文字だな。

 この程度です……可笑しな話ですよね。

 そう思っていると、真後ろで物体が加速する気配が。

 振り返ると白装束と見間違う程の一色をした列車が次に停車駅に向け発進していくところでした。


「あーやっべ。次はいつ来るのかなぁ。前が『北野駅』ということはここは高尾山方向のはず。するってぇと……逆向きに乗っちまったのか」


 そう一人で納得し、ついでに暇でしたから駅内を散策することに。


 直ぐに判明した事実として、


 ・ここKO王片倉は無人駅であるということ。

 ・今現在ここにいるのは私だけであるということ。

 ・そして非常に古くから存在した駅であるということ。


 がありました。


 ホームは所々草繁茂する木製で、まるで大正~昭和初期から湧き出してきたかのような色合いのポスターたち。たまに転がるコカ・コーラやミルクセーキのガラス瓶。


―――――

|    |

  出口 

|    |

―――――


 と書かれた下げ看板に駅員が切符を切るスペース(今は無人のようだが)。


 この様な光景から上記3つの結論をしたわけです。


 私は大学において日本史・近現代史を専攻していまして、その興味は戦中の出来事、といっても東京大空襲や日本陸軍の暗号解読活動などをその対象としていましたが……もちろんそれ以外のことも多少なりとは知っているつもりです。

 なのでこれらの光景が「本物」で、この国の予算不足・インフラ老朽化問題が原因だろう、未来が心配だ……などと妙に上から目線な思いを抱きながら散策を続けていました。


 さてそのうちに出口にたどり着きます。そこにICを読み取る装置がないと気づいたとき、脳裏によこしまが顔を出しました。


「監視カメラも見当たらないし……このまま出て行ってもバレないだろう」


 若さが欠点を見せた瞬間です。


 私はひょいっとその境界線を潜ります。


 すると目の前に、





 天を突き陽を隠そうぞ! という野望を秘めし積乱雲が見えました。

 その下は優しい表情の田園地帯でして、そよ風が緑々を揺らします。

 底面に這う蓋なし側溝からは悠久の循環を紡いだ水が行進を続ける。


 とまぁ、都会人が想像するテンプレートな田舎の光景がそこにあったのです。

 そこに文明の音はありませんでした。景色の向こう側から聴こえるくぐもった重低音とかすかな草木のざわめきが自ら積み上げたストレスを流していきます。

 そんなわけで何かに魅了されたかのように私は田舎に飛び出しました。

 歓迎するように桜が散ります。


 そうして果たして何分経ったのでしょうか。体力がミリ単位の私ですから、まさか1時間2時間も歩き続けたわけではないはず。しかし体はそう言ってきて休息を求めるのです。

 さて立ち止まった時、ようやく微かな違和感に気付くのでした。

 いや、それは微かなというレベルではありません。


 まず季節です。にたどり着くまで、確かに世界は冬でした。今もなお引き摺るコートがその証拠でしょう。

 植生も奇妙です。仮に桜が咲くとしたら、その種が我々の良く知るソメイヨシノであれば春です。なのに草木や田畑に群生するそれらは見事な青々で、夏を思い来させるのです。コメに至っては気味が悪いほど大きな実りを迎えており、今にも小麦色に変化しそうな具合でした。

 最後に、には何もいませんでした。

 なるほど確かに田舎というのは人口密度が高くありませんから、誰とも会わないということもあるかもしれません。しかし、この国において見渡す限り家屋が全くないほどの平野は存在するものなのでしょうか。


 ふむ、確かに北海道の十勝平野や名高き庄内平野であれば或いは……

 ですけれどもね、ここは東京なのですよ?


 百歩譲って人の件はいいとしましょう。

 ですが鳥や虫の姿がないのは?

 試しにそこらへんの地面をかき分け茶色を露出させてみたり自分から野の上に寝っ転がってみましたが、驚くことに何も居ませんし、跳ねる虫等の付着しません。

 先に私は史学を専攻していると言いましたが、その前は真逆の方面……理系専門校にて学びを立てていました。

 特に生態学・環境学に興味があった私はその時代、白衣を肩に乗せ頻繁にフィールドワークをした経験があります。それから得た記憶には、目の前に広がる豊かな自然であれば何もしなくても勝手に多種多様な生物がくっついてくるものなのです――可愛らしいものから、迷惑なものまで。

 そういった経験から思うことは、は異質な世界――「異界」である、ということだけでした。

 太陽の位置が常に一定であり、ただただ陽のみを浴びせることもこの疑念を後押ししました。


 人は真にパニックになると叫ぶのではなく、つまらない真顔になってギクシャクした行動しか取れなくなるものです。

 実際私も右手右足が同時に出てしまったり、意味もなく周囲を見渡し続けたり、震えたり、そういった無様なことをしていました。


 果たしていつまで異界を漂っていたのでしょうか。

 これもまた曖昧なことに1日、1週間、1ヶ月にも感じましたし、ひょっとしたら精々5分程度の出来事かもしれません。

 ようやっと駅に辿り着いた時、その様相は様変わりしていました。

 、の度合いが進んでいたのです。

 それは明治にできたばかりの光景を彷彿とさせるものになっており、痛み具合はより一層の加速を示し、あと何秒もしないうちに自然死アポトーシスするのではないかという感慨をもたらしました。

 唯一変化していないのは二つの看板、つまり


―――――

|    |

  教化 

|    |

―――――


 と



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|                                     |

             不請⇐■濁■■⇒済度             

|                                     |

|                                     |

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 のみでした。


 急いでホームに着き、列車の到着を待ちます。

 情けない話ですが、ダイヤもない以上そうするしか手がなかった――


「あ、スマホがあるじゃん」


 なんとも愚かなことにこの瞬間まで小さな板切れ、または文明の相棒の存在を失念していたのです。どこか安心しつつも慌ててポケットに手を伸ばしたその時。


 



 音が、聞こえました。










 ふと目を覚ましたその時、列車は丁度新宿に到着し疲れ切った者どもを際限なく吐き出していました。私もその波にに飲まれ、波が水滴になるまで拡散した時、ようやくどうして自分がにいるのかわからなくなったのです。

 というより戻ってきた、の方が正しいのでしょうか。

 だって目の前の雑多共は私がいるべき光景の世界なのですから。

 きっと白昼夢でも見ていたんだろう。

 動悸を抑えつつ己をそう納得させて、ふと腕時計を見ます。

 そこの表示は










 15:32。

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