1-7.情報とお着替えと決意のタイム

 魔物達の襲撃のおかげか、私達に追っ手が来る様子は今のところ無い。

 アンの後ろをぴったりついて歩く。新緑の中をゆくエルフの後ろ姿には、優雅という言葉がよく似合う。


 私達が着弾した公園はちょっとした丘の上にあるようで、レンガで舗装された道が坂になって街へ続いている。空は青く、風は涼しいけれど、心に広がる不安は拭えない。


「マキナは記憶喪失なんだっけ……何から聞きたい?」


 ゆっくり坂を下りながら、アンが呟いた。


 聞きたいことは山ほどある。なにせ10年分の空白だし。


「王都が壊滅したっていう話を詳しく聞きたい」


「ああ……でも言えることはあまり無い。出現した魔王たちが王都を滅ぼして、王国はバラバラになった。いくつかの地域がそれぞれの王を立てて、独立してる。その一つがここ、クルセイドってわけ」


「そ、その魔王って私のことじゃないよね!?」


「魔王はマキナの他に4体出現した。多分マキナ以外のせい……だと思う」


 4体。つまり、魔王と扱われてる私を入れて5体か…衝撃情報の連続だ。


「魔王って、昔話に出てきた魔王であってる?」


「そこがわからない……魔王に関しては徹底的な情報統制がされているみたいで、私のところに入ってきた情報も本当にわずかだった。あなたが城の地下にいるって話も、あの直前に聞いたから……」


 情報統制?まあ、一般人が混乱しないためには必要だろうけど……


「でも、賢者って相当偉いでしょ……?」


「いや、偉いことは偉いんだけど、色々」


 歯切れの悪い答えが返ってくる。背を向けているアンの表情は見えない。


 そうしているうちに、坂の終わりが近づいてきた、緑のアーチが並ぶ向こうに、通りが見える。


「ここからクルセイドの中心街に入る。でも、その前に……」


ようやく、アンは振り返った。


「魔王の特徴はその頭の角……角は隠さないと」


「あ、そうか……」


 頭に手をやると、二本のごつごつとした突起物に触れる。そこまで大きくはない。先端も丸みを帯びていて、生えかけの乳歯みたいだ。


「その角は絶対に隠さないとだめ」


「じゃあコスプレでもアウトってこと…?」


「こすぷれって何……?」


「ごめん、忘れて」


 コスプレは前世の文化だった。気を取り直して、「超魔の才」マジックマスターに頼ろう。


「【角を隠すやつ、よろしく】」


 そして出てきたのは麦わら帽子。ひやひやしたけど、サイズも丁度よくおさまった。


「あと、その服も目立ちすぎではある」


 そうか。当たり前だけど地下牢にいたときから衣服はそのままだ。


「服装のこと気にしてなかった」


「マキナってそういうとこ無頓着だよね」


異世界に来てもファッションとか考えないといけないのがめんどくさくて……


「体のラインがはっきり浮き出た黒い服の上から、ぼろい布きれをまとってる人は流石に目立つ」


ラインがはっきり!?そんな服着てたの!?


「出来ればなんとかして欲しい」


「早急になんとかします」


「言ってなんだけど、どうするの?」


「魔法で服を作る」


 とはいえ、実際私も服を作ったことはない。上手くいくのか…?「超魔の才」、おまえ、やれるのか…?


「【いい感じの服、よろしく】」


 出てきたぞ、白いワンピース。純白。けがれなき白。


 ……白いワンピースと麦わら帽子、ね。


「超魔の才」、おまえなのか? 趣味なのか?


「すごい、本当に服だ。悪くなさそうだけど…そこの茂みで着替えてきたら?」


「う、うん……」



 まあサイズはピッタリだったし、普通の服と同じように着ることができた。10年前の私の魔力量じゃ無理だっただろう。


「マキナ、よく似合ってる……なんでだろう、後ろにひまわりが見えるよ……」


 それは良い褒め言葉だ。魔力を注ぎ続けておけば、なんとか服の形は維持できそう。


「……え?」


いつのまにか、鎖のような紋章がアンの腕にまで広がっている。


「だ、大丈夫……!?」


「気にしないで。聖十字軍セントールの奴らに、私がマキナの眷属になったっていう情報が伝わったんだと思う」


「聖十字軍……?」


「さっき城にいた雑魚達とは比べものにならない、クルセイドの主戦力。私の手綱は聖十字軍に握られてる。奴らは今首都にはいないはず。どうして……」


「……」


 手綱を握られている、という言葉に、私は何を返せばいいか分からなかった。アンは相変わらず無表情で、声のトーンは平坦で、彼女の感情はわからない。


 でも、確信した。アンは賢者をやめるべきだ。やめさせなくちゃ。


「変な話してごめん。追っ手が来る前に契約の書を破棄しないと。場所はもうわかってるから、ついて来て」


「でもアン、魔法使えないんでしょ……どうするの?」


「ん……そこは考えた」


「おお、さすが!」


 感心していると、アンは私の肩をポンと叩いた。


「マキナに頑張ってもらう」


 うん、知ってた。

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