1-2.魔王は地下を行く
じゃらじゃら、ずず……
「重い……重すぎる……」
おでこから大粒の汗を流しながら、私は暗い通路を歩いていた。大きな首輪、足にくくりつけられた鉄球。どちらも非常に重くわずらわしい。
それでも、とにかく足を動かさなければならない。めんどくささから気を紛らわせようと、私は考え事をする。
サイクロプスとゴーストアーマー、「私を助けに来た」と言った2体の魔物。彼らは勝手に自害し、とっくに魔力に還ってしまった。
ただ、気になることがある。
魔物とは世界に満ちる魔力が形を得た存在だ。人語を話すケースは見たことがないし、授業で習ったこともない。
そしてもう一つ気になること…2体の魔物は私を「魔王様」と呼んだ。
魔王。魔法学院の授業でほんの少しだけ、名前を聞いたことがある。
桁外れの魔力で世界を征服しようとした男。しかしその野望は五人の魔道士に阻止され、五人の魔道士はその栄誉を称えられ「大賢者」と呼ばれるようになった……
その話は信憑性のないおとぎ話程度の扱いで、魔王の存在より大賢者の成り立ちがメインの話だった。
「はあ……」
一度立ち止まり、腕で汗を拭う。しばらく歩いたはずなのに、まだ先は見えない。灰色の壁に一定の間隔でたいまつが設置されているけど、奥にはぞっとするような暗闇が広がっている。私が閉じ込められていたような鉄格子の部屋は全く見当たらず、ひたすらに直線の廊下が続く。
「……ダメだ。魔法も使えない」
魔力を集めても詠唱の前にどこかへ消えてしまう。まるで、何かに魔力を吸われているみたいだ。
『ゲギャアァァ!!!』
「ガーゴイルだ!退け!」
「奴らを魔道士に近づけさせるな!」
上の階では戦闘が繰り広げられているらしい。魔物と人の声、爆発音などが混じり合って耳に届く。
「あー、椅子が欲しい……」
気が滅入り、歩き疲れたのもあって、固い地面に腰を下ろした。
その瞬間。
「【
転移魔法の詠唱が聞こえたと思うと、空間をねじ曲げ、茶色いローブに身を包んだ女性が私の前に現れた。
紫の髪をたなびかせた、雪のように白い肌の美女だった。それに尖った耳、あれはエルフの特徴だ。
エルフは人間との関わりを嫌い森の奥に住んでいる。実際に姿を見たのは初めてだった。
「
「……誰?」
しまった、つい口に出してしまった。10年未来に飛んだんだから、10年前の私じゃ知らない人間関係があってもおかしくないのに。
「……」
女性エルフは無表情、無言のまま、手のひらを合わせた。特異な魔力が凝縮されていく。何かがくる。
「【清めの水、恵みの土。
詠唱が耳に届いた瞬間、私の腕が勝手に動きはじめた。何もしていないのに、腕に鋭い水の刃が現れる。これは……
ひじがぐにゃりと曲げられ、その刃は私の首筋にぴたりと当てられた。背筋がひんやりするほど冷たい。
相手の体を操作する魔法……そうか。さっきサイクロプスとゴーストアーマーが自害したのも、この女性エルフの魔法によるものだったんだ!
気付いたところで、魔法が使えない今の私には手立てが無い。
それでも、不思議と私は冷静だった。色々ありすぎて頭が追い付いていないというのもあるけど、そもそも一回死んで転生した身だ。もうどうとでもなれという感じだ。
「患え、
「……っ!」
詠唱が完了し、私の腕が横にスライドする。水の刃は見事に私の首輪を切断した。
え?首輪?
「じゃじゃーん、ドッキリでした」
女性エルフはそう言ってぺちぺちと手を叩いた。おどけた言い方だが、声に感情がこもっていない。
「やっぱり、あなたは全然驚かない。なんか、安心した」
「……?」
状況を掴めず固まる私の前で、女性エルフは続ける。
「こほん。それで、あなたの魔力を縛っていた首輪は壊れた。魔法も使えるはず」
確かに彼女の言うとおりだった。バラバラになった首輪が地面に落ちた瞬間、体中に魔力がみなぎってきた。
「あの……」
「勘違いしないで。借りを返しただけ。あなたはもう、覚えてないだろうけど」
そう言い残して、女性エルフは私の前から転移魔法で姿を消した。何か言う間もなかった。
でも、消える直前、彼女が本当に小さく呟いたのが、私の耳にははっきり聞こえていた。
「マキナ。私はあなたを信じてるから」
10年の間に、私はいったい何をしたんだ?
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