スキップ0 大賢者の一番弟子
01.サボりと逃走劇
私は【
「マキナァァァァ!!!」
げっ、修行のサボりがもうバレた。
師匠である大賢者アグニの、絶叫に近い怒鳴り声が廊下の奥から聞こえてきた。
つまり、逃げないとやばい。
起き上がり、なんの装飾もないシンプルな杖を構えて、魔法を使うべくその先端に魔力を集中させる。
魔法に欠かせないのはイメージと詠唱だ。
魔力を頭の中で組み替えて、色々な性質や形を与えるのが魔法。
だからイメージは大事。
それから、唱えた魔法がどんな効力か、範囲か、制約か。
そういった全てを決めるのが詠唱。
「炎を出したい」というだけでも、その炎の姿を上手くイメージできなければ出現しないし、詠唱が無ければ炎は形を留められず直ぐに消えてしまう。
そうつまり、魔法はとってもめんどくさいのだ。
でも……
「【飛ぶやつ、よろしく】!」
私の詠唱はこれで十分。
たったこれだけで私の体は見事宙に浮き上がり、空中に魔力で構成されたふかふかの絨毯の上にすとんと着地。
絨毯は猛スピードで空を飛び、師匠との距離を離していく。
私が転生特典で手に入れた「
ちなみに前世の知識はあるが、記憶は一切ない。あってもノイズになるだけだから別に構わない。
「止まれぇぇぇぇぇ!!!!」
(止まれって言われて本当に止まるバカはいませんよーだ)
絨毯は自動的に飛んでくれるので、自らの足で追いかけてくるスーパーフィジカルな師匠の姿を絨毯の上からじっくりと観察できる。
ローブ姿でよくあれだけ速く走れるものだ。
最年少で大賢者の
(そのせいで私はきつい修行をするハメになったんですけどね!!!)
本来、私は魔法学院初等部を首席で抜けて、あとはエスカレーター式にエリートコースを猛進していたはずだ。
そしてその後は、夢のスローライフを……
だのに!
才能が溢れすぎて「大賢者アグニの一番弟子」に選ばれてしまい、全部狂った。齢13(転生後の実年齢)にして変な塔の中に押し込められ、修行の毎日に明け暮れている。
おお、神よ。なんでこの爽やかな顔の赤髪を、怒号をあげ、でかい杖を(主に鈍器として)振り回し、スパルタな修行を行うような超熱血タイプの大賢者にしてしまったのですか。
なんて耽っている間にも、師匠の得意とする炎系魔法が私の体をビュンビュン掠めていく。外れた火球が長い廊下の壁をどんどんと抉る。
当たったら確実に死ぬ。なにも手加減がない。
「【魔番号13。舞い焦がせ、
師匠の背後に無数の赤い魔方陣が展開され、特大の火球が幾つも放たれる。
聞いたことない詠唱だ。でも、攻撃魔法は絨毯が勝手に避けてくれる。
そう思ったのも束の間、私の足元はメラメラと燃え盛っていた。
「あっつ!あっつ!!」
思い切り絨毯から転げ落ち、地面にしたたかに体を打ち付ける。絨毯はそのまま灰になり、私のローブに火が燃え移ってしまった。何がまずいって、私は自力じゃ火を消せない。
焦っていると、頭上から大量の水が滝のように降ってきた。体はビシャビシャになってしまったが、なんとか火は消えた。
(た、助かった……)
安堵して顔を上げる。師匠が私を見下ろしている。何も助かってなかった。
「飛遊焔は追尾する火球だ。直線的な動きなら簡単に捉えられる。まだまだ修行が足りないな?」
「あ、こんにちは師匠。本日はお日柄もよく……」
いやーほんと奇遇ですね、こんな所で会うなんて。
「滝行、2時間追加だ」
おお、神よ。私はあなたを恨みます。
※
「あ゛あ゛あ゛疲れたあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
昼にサボったせいで修行時間を延長され、疲労困憊の私は、自室のドアを開けるなり勢いよくベッドに跳び込んだ。自室と言っても自宅ではなく、塔の中にある部屋だ。魔法学院の学生寮の部屋よりもずっと広く、ベッドも6人くらいが並んで眠れそうなサイズがある。
とはいえ、あと目につくものは机やクローゼット、ソファ、本棚、あとお風呂の浴槽くらいで、広さのわりにはがらんとしている。
ベッドの後ろにある鏡には(なんでこんなところに鏡があるかは分からない)汗まみれで髪の毛もぐしゃぐしゃの、金髪美少女の姿が映し出されていた。
これが私、マキナの姿だ。転生前の姿は覚えてないけど、今の方が確実に美人だという自信がある。ルビーのような赤い瞳と細い目がクールビューチーな感じで大変よろしい。
しかし疲れ切った顔はクールとはかけ離れてぐでぐで、師匠から渡された伝統あるらしい黒いローブも今はびっちょびちょ。私服や魔法学院の制服で修行を受けていたら大変なことになっていた。
大賢者様の弟子にさせられて14日。早くも実家に帰りたい。
「13歳の乙女に滝行とかさせるか普通……」
シーツに顔を埋めながらぼやく。座学の時間以外、魔法とかけ離れた肉体を酷使する内容ばかりだ。ほんとに意味ある?
師匠には他にも何人かの弟子がいるそうだけど、皆こんなことをさせられているのだろうか……
『ワンチャン!』
幾ら水をぶっかけられたとはいえ、流石に風呂に入らねばと顔をあげた瞬間、白いもふもふの塊が顔面に猛突進してきた。
「おーよしよし、シロたん」
『ヘッヘッヘッヘッ』
ローリンドッグのシロたんが、ピンクの舌をぺろんと出して、私に頬ずりをする。「ローリンドッグ」が魔物の名前で、「シロたん」が私の付けた名前だ。
魔法学院に通っていた頃、草原でたまたまテイムした。それからずっと側に置いてかわいがっている。
この犬系魔物は、「ワンチャン」という独特の鳴き声と、全身を包むもふもふふわふわの白い毛が特徴だ。
遠くから見ると、綿飴から四本足が生えているみたいに見える。
ベッドに腰掛け、シロたんをブラシでわしゃわしゃする。シロたんは丸まりながら、尻尾を激しく振って喜んでくれる。
「ああ……シロたんしか癒やしがない……あと999匹いてほしい……」
『ワンチャン?』
「1匹じゃダメなんですか」とでも言いたげなつぶらな瞳から逃げるように、窓のほうへ目を向ける。
窓の向こうの景色は闇夜などではなく、暗い回廊が奥に向かって延々と続いているだけ。
この塔は内部にため込んだ膨大な魔力によって常に構造を変え続けている。そのために内部の空間は歪んでいて、塔の中に滝があったり山があったりする。
そしてその魔力を制御できるのは師匠のみ。塔の中でどんな修行もできるし、修行を終えるまで塔からの脱出は不可能ってわけだ。
「おうち帰りたい……」
師匠は有名な高名な大賢者だ。師匠から提示された修行を全て終えれば、私の名声は天を衝き、なんだかんだ巨万の富を築いて、素晴らしいスローライフを送れる確信はある。しかし、修行を終えるためには……
「まずは五属性を極めること……かあ……」
曰く、『炎・水・雷・風・土』……魔法の基礎となる五つの属性魔法を完璧に扱えることは、賢者のみならず、優れた魔道士の基本条件である、と。
昼のサボりでたっぷり説教された後、師匠が小さく零したのを、私はしっかり聞いていた。
「なんで絨毯や服に燃え移った炎を消さなかったんだ」
そう、あれくらいの炎、普通なら簡単な水魔法で楽に消せてしまう。ましてや、【
しかし私は、五属性のうち、1つも使うことが出来ない。
要するに、【五属性持ちのマキナ】は全くの嘘なのだ。
これがバレたら、非常にマズいことになる。
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