第100話 降霊

 

 

『ほう? 聖光使いのための学舎か。儂が寝ている間に、間の抜けたことをやっておるな』

 

 "王冠の骸骨"がわらった。

 

「聖光使いが少なくなったみたいです」

 

 レインは、デュカリナ神学園について説明した。

 

『学園……学びの園か。なかなか良い呼称だが、中身の方はずいぶんと寂しいな。講師と生徒? ふむ、教える側と教わる側……講師はひたすら教え、生徒はただ学ぶ? 儂の知っている学舎は、知見のある者がつどい、互いに競い合って研鑽けんさんをする場だったが……いや、そもそも聖光使いのために何故そこまでする? 何が神々の介入を招いたのだ?』

 

 ぶつぶつと呟きながら、"王冠の骸骨"が何やら思案を始めた。 

 

 その時、

 

『むっ……』

 

 "王冠の骸骨"が顔を上げた。

 

(この神気は……神様?)

 

 遥かな高みから、強い神気が降りてくる。

 

『ふん……先に来た神使にも言ったが、儂はこいつに手出しをしておらんからな?』

 

 "王冠の骸骨"が上を見上げて言った。

 

 直後、

 

『お、おいっ! おまえ!?』

 

 "王冠の骸骨"が狼狽うろたえた声を漏らした。

 

(えっ? なに?)

 

 呆然と見守るレインの目の前で、"王冠の骸骨"が膨大な神気に包まれて慌てふためいている。

 "王冠の骸骨"に、神気を宿した何かが降りようとしていた。 

 

『こら! よっ、止せ!』

 

 レインが見守る中、"王冠の骸骨"と降りて来た"何か"の主権争いが続いていた。

 

(あっ……)

 

 白々とした神気に包まれた"王冠の骸骨"がレインの方に向き直った。 

 

『レイン……』

 

 呼び掛けられて、レインは目を見開いた。

 

(……この声……まさか!?) 

 

『レイン、聞こえるね?』

 

 もう忘れかけていた、懐かしい声だった。

 

「お祖母ちゃん?」

 

 呆然となったレインの口から掠れ声が漏れた。

 

『長くは居られない。話を聞きなさい』

 

「……はい」 

 

 レインは頷いた。

 祖母は、昔から無駄話を嫌う質で、言いたいことを言ったら次の用ができるまで終日口を開かないような人だった。 

 

『このお節介な骨に邪魔されてね、あっちへ逝き損なっちまった。怨霊より、少しマシな状態だが……まあ、亡霊のたぐいだね。だから、現世に長く留まれないんだよ。もう、その辺の理屈は分かるようになったんだろう?』

 

 "王冠の骸骨"がわずかに首を傾げる。 

 

「神様のところに居るの?」

 

『もうちょっとで輪廻の淵に沈むってところで神様に拾われてね。まあ……使いっ走りをやらされているのさ』 

 

「……ごめんなさい。お祖母ちゃん」

 

『なにがだい?』

 

「あの時、僕が居たから……僕が人質にされたから、あんな貴族の男なんかに……」

 

 レインは拳を握りしめた。

 今の力があれば、貴族の子息なんか、その場で粉々に破砕してやったのに……。

 

『ん? ああ……あの悪餓鬼かい? あれは仕方が無いよ。あんたには言えなかったが、あの頃にはもう臓腑をわずらっていてね。治癒術を使って何とか命を繋いでいたんだが……二月ふたつきと持たなかっただろうさ』

 

「そうだったの?」

 

『そんなことより、ちょっと言伝を頼まれたんだ。黙ってお聞き』

 

 "王冠の骸骨"が片手を腰に当てた。

 

「……うん」

 

『神々が、人の世に介入できないことは知っているね?』

 

「うん、何となく」

 

『精々、夢を見せたり、妖精や精霊を介して意思を伝えたり……まあ、抜け道は幾らでもある。特に、レインのように呪血があらわれたような人間には、色々な神魔が注目して、隙あらば手を出そうとして群がってくる』

 

 神界だけでなく、魔界の住人からも目を付けられるらしい。

 

「呪血……か」

 

 レインは自分の手の平を見つめた。手首の辺りに血の管が透けてみえる。

 

(……血というより、生まれついての異能? 霊的なものなんだろうけど)

 

『呪血だけじゃない。世の中には、幾つか妙ちくりんな血系がある。それらは全部、神々のさ』

 

 "王冠の骸骨"が腕組みをして言った。 

 

『根源を辿っていけば、遠い昔に神々がやらかした罪……まだ、神域を律する"ことわり"が制定されていなかった時代の残りかすのようなものなんだよ』

 

「残りかす……呪血が?」

 

『ああ、そうさ。時間が無いから、あれこれ説明するのは省くよ。ええと……そうだね。レインは良い師に恵まれたね。霊気の巡り……幾重にも備えられ、整っていて揺るがない霊法陣……ちょっとばかり、攻撃的なものが多いようだが、まあ生い立ちを考えれば当然のことだろう。うん……良い時期に、きちんとした霊法の手解きをしてくださる師に恵まれたことは不幸中の幸いだった』

 

 じっとレインを見つめてから、"王冠の骸骨"が大きく頷いた。

 

「……うん」

 

『おかげで、レインは宿運の輪を超えて生きながらえることができたんだ。師に感謝しないといけないよ』 

 

「うん!」

 

『さて……こっからが本題だ。レインのように、特殊な血系を宿して生まれ、無事に成長した者は他にも大勢居る』

 

 特別な宿運を持って生まれた者は他にも居るらしい。

 

「僕と同じような呪血の?」

 

『呪血は、あんた1人だけさ』

 

「そう……」

 

 同じ呪血仲間が居るということでは無いらしい。

 

『血系の種類なんざ、どうでも良いんだよ。問題になっているのは、レイン以外の特異な血系の子供達を育てたのが、神籍の者だという点さ』 

 

「神様が?」

 

『定められた"律"を無視し、特異な血系の者を神域から見つからないように隠して育てていた神々が居る』 

 

「……僕も、妖精の猫とか、アイリスさんに助けられたりしたけど?」 

 

 "育てられた" ことにはならないのだろうか?

 

『そんなことは、ちょっと名の知れた高僧や聖女なら誰でも経験することさ。神殿の高位神官なら大なり小なり経験があるだろうね。問題になっているのは、神が直接顕現して、特異血系者を保護し、己の目的のために育成をしていたことだ』

 

「神様が子育てを?」

 

 レインは首を傾げた。 

 その様子を想像しようとしたが、どうにも絵が浮かばない。

 

『乳母でも雇ったのかもね?』

 

 "王冠の骸骨"が小さな笑い声をたてた。

 

「その神様達は、僕みたいなのを育てて何をするつもり?」

 

『そうだね……箱に虫を入れて買っていたとしようか。角のある……甲虫なんかを思い浮かべてごらん』

 

「うん?」

 

 レイン自身、箱で虫を飼ったことはないが、大人達が鉢に入れた虫同士を食い合いさせて騒いでいるのを見たことがある。お金を賭けていたようだが……。

 

『ただ見守るだけの神もいれば、ちょっと籠の中に石や木を置いて環境を弄ってみようとする神も居る。中には、別の甲虫を箱に入れて、虫同士を戦わせてみようとする神も出てくる』 

 

 探してきた虫を闘わせ、目を血走らせて騒いでいる男達と変わらないということか。 

 

「その虫が、僕なの?」

 

 レインは顔をしかめた。 

 

『神々が飼っている特異血系者達さ。あんたの場合は、あたしが血を封印していたから、神々に目をつけられなかった。あれは、自我が育ちきらない幼い内が一番危ないんだ』 

 

「お祖母ちゃんが封印を……そうか、それで……小さい頃は何も起きなかったんだ」 

 

『あたしのまじないはちょいとへそが曲がっているからね。呪血を眠らせていた封が解けちまった時に、祈祷きとうが掛かったはずだ。悪いことばかりじゃなかっただろう?』 

 

 "王冠の骸骨"が自慢げに言う。

 

「え? うん、ワーグ師匠に出会えたし……ロンディーヌさんにも」

 

『こいつも、少しは手助けをしたって聞いたけどね?』

 

 "王冠の骸骨"が、自分の顔を指さした。

 

「こいつ……ああ、うん、腕を斬られて死にそうだったところを助けてくれた。呪術の知識も貰ったし……感謝してるんだ」

 

『へぇ、そうなのかい。珍しく約束を守ったんだね。ちっとは見直したよ』 

 

 "王冠の骸骨"が自分の頭を軽く撫でながら笑った。

 

「お祖母ちゃん、その人……と知り合いなんだよね?」

 

『まあね。それより、話を戻すよ。あたしも全部を聞いたわけじゃないんだけど……』

 

 "王冠の骸骨"に降りた祖母が、神々が隠して育てていた特異血系者について語った。 

 

「神様から力を授かった人?」

 

『力だけじゃない。知識や……武具なんかも与えられている』

 

「その……というのにするために?」

 

『自分達が育てた虫がどれだけ活躍できるか……どれほどの権力を手に入れるのかを眺めて楽しむためさ。ああ、もちろん、何かを賭けているんだろうね』

 

 "王冠の骸骨"が吐き捨てる。 

 

「神様も……色々と違うんだね」

 

『そりゃ、違うさ。あんたが司奉をやっている裁神様は、そういう馬鹿共を取り締まり裁く御役目だ。下でこそこそ悪さをやっている神モドキとは違う』

 

「うん、全然違う」

 

 レインは頷いた。

 

『それで……だ。あんた、お邪魔虫をやりな』

 

「……え?」

 

『悪さをやっている神の都合を邪魔する王をやれって話さ』

 

「なんで?」

 

『だって、あいつらに対抗できる人間なんか他に居ないだろう? 言っておくけど、結構な化け物揃いだよ? レインの他に誰ができるんだい?』

 

「いや、僕じゃなくても王なら、その辺に沢山いるでしょ? 国の数だけ居るんだから……」 

 

『まあ、すぐ決めなくても良いよ。あたしがそう言っていたことだけは覚えておきなさい』 

 

「……うん」

 

 レインは小さく頷いた。

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