ギャル、王女と出会う。

 「ほへー」

 我ながらマヌケっぽいと思いながらも、真愛まなは感嘆の声を上げた。


 ――デアマンテ王国首都、クアージャ。


 十数メートルを超えるような大きな壁で円状に囲われた、超巨大都市。

 その壁に複数造られた入り口の一つに立つ真愛まなは、その高さに圧倒されていた。


 「どうした? 上ばかり見上げていると首を痛めるぞ」


 そう言って、入り口を護る門番との手続きを済ませて真愛まなへと声をかける。

 先ほどの草原から徒歩で歩いて、およそ一五分ほど。

 部下の男たちは先行して、首都へと伝えてくれていた。

 

 「セシリーについていくのはいいけど、なにすんの?」


 「セシリー? まぁいい。検査を受けてもらいたいんだ」


 巨大な門をくぐりながらセシリアが、真愛まなをこの街へと連れてきた理由を話し始める。


 「キミが使ったあの光の力。あれは紛れもなく魔法だ。それと、私を弾き飛ばしたあの怪力もな」


 「魔法? 確かにそう結論づけるのが自然だけど、あーしは魔法は使えないよ」


 言いながらも、真愛まなは自身の右手へと視線を落とす。

 オークをはるか上空まで撃ち上げ爆散させるほどの光を放ち、鎧を着た成人女性を放り投げるほどの膂力。それらを魔法と呼ばないのなら、一体なんと呼べばいいのかはわからない。

 

 「だから、それを調べるのさ」


 言って、セシリアは迷いのない足取りで歩みを進める。

 


 強固な壁の向こうに広がる街は、またも真愛まなを圧倒するものだった。

 ゴチャゴチャしている。

 まず感じたのはそれだった。建物が所狭しとひしめき合い、その間を多くの人々が行きかっていた。

 服装も、真愛まなの住んでいた東京の人々とは違っていて、黒や茶色、時折ネイビーなどの落ち着いた色合いの皮製品、もしくはデニム地の衣装を身に纏っていた。それも、オシャレとは程遠い実用優先といった機能性に富んだ作りである。

 その中で、特に目を引いたのは多くの人々がゴーグルを装着していることだった。

 ひしめき合う建物は、ブリキのような金属と木を合わせた造りで、どの建物にも大小様々な煙突が設けられて蒸気を上げている。

 上を見上げれば、やはり似たような造りの飛行船が飛んでいて、後部からは蒸気を噴出させていた。

 その、どこかレトロな風景は、真愛まなが映画などをよく嗜む少女だったら『スチームパンク』といった単語が頭に浮かんでいただろう。


 「あれ? ねぇ、あの人たちはなに?」


 行きかう人々の中で一際浮いていたとある集団が気になり、真愛まなは石畳の道の一角を指差す。

 そこには、三、四人ほどの人たちが何やら声高に叫んでいた。

 その方向へと視線を向けたセシリアは、「あぁ」とつまらなそうにつぶやいて説明をした。

 

 「あれは創造教の者たちだな」


 「ソーゾーキョー?」


 「ああ。何だったかな……、きたる破滅の時に備えて、この世界を創った創造神に祈りを捧げるとか、そんな感じの宗教だよ」


 「あぁ、よくあるヤツね」と真愛まなは納得してそれ以上の興味を失う。

 魔法というものが存在していても、そういった宗教モノはなくならないのかと、呆れたり、感心したりであった。


 「取り敢えずはあそこへと向かってもらう」


 そう言って、セシリアが指差した先。

 そこには、この大きな街の中でも一際大きな建造物、つまりは城がそびえていた。


 「おっきぃ……」


 一番高い尖塔までで、およそ七〇メートル近くはあるだろうか。全体的に薄灰色の、どこか無骨な印象を受ける城で、他の建物よりも多くの煙突を有し、その全てから蒸気を噴き上げていて、さながら雲の上の城塞のようだった。

 騎士隊長リーダーを務めているおかげか、セシリアはその巨大な城へたいした手続きもなく、スイスイと深部まで進んで行く。

 その中で誰かとすれ違うたびに、最敬礼をされているのが印象的だった。

 対照的に、真愛まなへは少々の驚きと不信感を隠そうとしない視線が向けられていた。

 「気にするな」とセシリアは言うが、元々誰かに注目されることの少なかった真愛まなにはなかなか酷な道だった。

 だが、それもそれほど長くは続かなかった。

 城の最深部、大きく豪奢な扉の前でセシリアは立ち止まり、振り向いた。


 「今からお会いするお方に、くれぐれも粗相のないように気を付けてくれ」


 戦いとは別種の緊張感がセシリアの顔に表れていた。

 デアマンテ王国の騎士隊長リーダーを務める彼女がここまで緊張する相手。

 扉が内側からゆっくりと開けられた。


 「あれは……」


 巨大な部屋。

 まるでオペラやミュージカルでも行うのではと思うほどに大きな部屋。

 その最奥に、少女がこれまた豪奢な椅子に腰掛けていた。

 年の頃は一四か五だろう。あどけなさが残る顔でこちらを見つめていた。


 「王女殿下、騎士隊長リーダーセシリアただいま魔獣討伐の任より帰還いたしました」


 その少女の前まで歩み寄り、セシリアはうやうやしく跪いてそう言った。

 

 「えぇっ!? この子が王女サマ!?」


 思わず驚嘆の声を上げる真愛まな

 その声に、周囲の従者たちが目を見開いてこちらを見ている。まるで、珍獣でも見つけたかのような反応だった。


 「おいっ! 殿下の御前だ。失礼なことはするなと言ったはずだ」


 慌ててセシリアが真愛まなを跪かせようとするが、王女殿下と呼ばれた少女がクスクスと笑いながらそれを制した。


 「構いませんよ。どうぞ、自由になさってくださいな」


 とても年下とは思えない余裕のある態度。

 高貴なる生まれによるものか、その振る舞いに真愛まな自然と跪いてしまう。と言っても、不慣れ故にいささか不格好ではあったが。


 「フフ、これは御丁寧に。さて、まずは騎士隊長リーダーセシリア、魔獣討伐の任ご苦労様でした」


 柔和に微笑んでいた少女の顔が、スッと凛々しいものに変わりセシリアを労をねぎらう。

 それにセシリアも「ありがたき幸せ」とより深く頭を垂れる。


 「そして、その方が報告にあった少女ですか」


 澄んだ金色の瞳が真愛まなを見つめる。

 その吸い込まれそうな瞳に、真愛まなは体をこわばらせる。


 「そんなに緊張なさらないでください、我がデアマンテの騎士を助けてくださった恩人ですもの。普段通りで結構ですのよ?」


 「あっ、はぁ……、そうっすか。エヘヘ、どうも偉い人の前だと緊張しちゃって……」


 「ウフフ、かわいらしいお人ですね。あ、自己紹介がまだでしたね。わたくし、デアマンテ王国第一王女、アルメリア・ル・デアマンテと申しますわ」


 椅子から立ち上がり、白と金で彩られた美しいドレスの裾を持ち上げながら頭を下げるアルメリア。ふわりと流れるプラチナブロンドの髪から花のような甘い香りが漂い、真愛まなの鼻孔をくすぐった。


 「あっ、これは御丁寧にどうも……、あーしは東京の高校に通う女子高生、四条真愛しじょうまなです」


 王女の持つカリスマ性に圧倒されて、少々間抜けな自己紹介になってしまったがアルメリアは気にせずに、「よろしくお願いいたしますわ、シジョウマナ殿」と言って微笑む。

 そして、またあの凛々しい顔つきになり、真愛まなを見つめてこう言った。


 「シジョウマナ殿。貴女、恐らくはこの世界とは違う世界から来たのではなくて?」

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