夏映え/子供と暮らそう

にゃんしー

夏映え

恋をとりもどす

 恋を探すことにした。映えない夏だ。鈍行電車とは文字どおり、どんこどんこ揺られれば、くすんだ車窓の向こうは代わり映えのない痩せた泡立草ばかり。まぶしいインスタの窓の向こうは逞しく輝く青色ばかり。たんたんと「いいね」をタップする親指が自分のものでないように怠い。わたしの行く町にも海はあるはずだけれど、「放射能があるから泳げないんじゃないの?」と邪気のない口調で友だちに揶揄われたことを思い出し、怒れるほどには繋がってない。また写真を撮る一人旅にでも出ているのか、彼氏の既読が付かない。ひとり家で待つ母親の春子に「もうすぐ着く」とラインしたしゅんかん電源が落ちて文鎮化した。すぐ帰るつもりだから、充電器もモバイルバッテリーも生理ナプキンすら持ってきてない。尻が腫れるぐらい堅いベンチシートに凭れかかり、ゆっくりコマ送りされていくうら寂しい風景を見るかぎり、ドンキはおろかコンビニすらなさそうだな、と、まだ一学期ぶんのクリーニングをかけていない制服の撫で肩をすとんと落とす。帰りたい、と声にしないまま三回唱え、人差し指と親指で行く末を占うみたいにハートの形を作れば、解像度が低い絵文字みたくぎざぎざに歪んでいた。天井で軋みながら息を吐き出すクーラーが爆ぜる湿った暑気に、休みまえ行きつけの美容院で在日三世のお姉さんに切ってもらったばかりのオルチャン風ボブカットを遊ばせながら、尼崎を懐かしく思えば茹だるほどに汗の沁みる目蓋が熱くなる。春子と、恋と、暮らした、繁華街。町には華がなくては寂しい。思い出には恋がなくては悲しい。わたしは十八年連れ添った恋を取り戻すため、行ったことはないけど大嫌いなはずの田舎町を半日と数時間かけて目指す。開けっぱなしの窓からは、うっと真夏の濃密な匂いが鼻孔を突き、草臥れた作務衣にクロックスのおばあさんだけが船を漕いでいる車内に空咳と倦怠感を撒き散らした。

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