マサヨシはそれでも非日常を生きる。

貴田 カツヒロ

第1話 おはよう。謎のトランクケース

「ンァ……固ェ……廊下……?」


 いつもは寝室のベッドから目覚めるというのに今日は何故か寝室を出てすぐの廊下で目が覚めた。


「へックション! ……あー寒……!?」


 当たり前だが体が冷えていた。無論廊下で寝ているだけでも冷えるものだろうが、今回の廊下はそれに加えて。起き上がった後玄関を見て思わず固まってしまう。

 しかし思考は放棄しない。寝起きの脳をバリバリと働かせる。


「フーッ……よし朝メシ作るかな」


 そうして最終的に現実逃避をしようと玄関から目を逸らす。


 逸らした先にトランクケースが置かれている。


「…………………」


 思い出してきた。今日、朝6時に起きた。その時は確かにベッドからのスタートであった筈。少し体をほぐして『今日も素敵な1日生きてやるかァ』とぼやきながら寝室を出た。そこからだ。そこからスキップされたみたいに記憶が飛んで今に至っている。


「……コォー……」


 人はストレスの極致に至ると特殊な呼吸法を会得するらしい。おそらく、脳が全力フル稼働をする為に酸素を欲しているのだ。


「いや、流石にこれは夢だろ。いくら世界がおかしくなっても、これが現実はないだろ」


 自分に言い聞かせる。ベッドから起きた筈なのに廊下で目覚めて、玄関のドアが消え失せて筒抜けになった廊下に、よく見れば空気穴のついてるトランクケースがいつの間にか置かれてる? 

 あり得ないと思いつつトランクケースを調べてみることにした。


 黒いトランクケースだ。なかなか大きくて1週間分の荷物ならすっぽり入るだろう。


「……いいトランクケースだな」


 トランクケースを撫でてみる。分かる。このトランクケースはかなりいい。分かってしまって、思わず上を見上げてしまう。

 おそらく防弾性と耐水性に優れている。このトランクの安心感はすごくあり、

 ——そして現状への絶望感はとんでもなかった。



「ガチかよぉおおおおおおおお!!!!!!」



 内容はほんとどうでもよかった。とにかく叫びたかった。


「ちきしょう現実かよこれェ!! なーんでベッドじゃなくて廊下で寝てんだ俺!?」


 近所迷惑など考えない。そも近所に人はいないので考えなくてもいいが。


「ってかドア! 玄関のドアどこいった!? 我が家の外と内の境界線は何処!?」


「つーか何よりも……このトランクケースはなんだァァァアアアア!!」


 一通り言い尽くして肩で息をする。

 すると、


ガタンガタガタン!


「うおおおおおお!?」


 肩で息してるのに叫ばせないで欲しい。

 またあの呼吸法をすることになるから。


「なんだ!? これ以上何が……あー……」


 ガタガタ揺れるトランクケースを見て、あることに気付く。そう、空気穴だ。ますます眉間に皺が寄る。


「そうか……穴があるんだもんな? 


 トランクケースはひとしきり揺れた後、急にシンと鎮った。中にいるものが疲れ果てたのだろう。

 そう、おそらくはこの中には——人間が入っている。

 映画とかで見たことはあるが、まさか自分が実際に体験するなんて思いもしなかった。


「……これ、開けなきゃ駄目か? ……このままどっかに捨てたらいいんじゃないか?」


 意外といい手な気もする。このトランクケースを開けず、そのまま誰にも見られないようにして交番にでも置いておけば後は全部人任せにできるかもしれない。何事も開けてしまえば返品不可だが、開けなければ猶予はある。


「…………」


 そうと決まれば、早速そうしよう。このまま開けず、どこか遠いところに置いて行こう。


「…………………………………ハァ」


 頑張って自分にそう言い聞かせようとしたが、結局そうするのは諦めることにした。ぶっちゃけ自分はもう巻き込まれてる。何をどうしようとも無関係ではいられない。

 それなら、せめて知的好奇心を満たすとしよう。中にいる存在にとっても開放的な方が良い筈だ。


 そう思い、意を決して開けることにした。


「禁断の匣の中身はなんだろなっと」


 適当にそんなことをいいながら開けた。その時はまだ自分でもかろうじてなんとかできると思いながら。

 そして中身を覗いてしまった。


「? ……!?」


「は?」


 酷く困惑しているを見てこれは到底自分の手に負えるものではないと今になってようやく悟った。


「——ッ! !!?」


 中には少女が入っていた。少女は首をひっきりなしに動かしていたが、それだけで話すことすらできなかった。当然だ。少女はがんじがらめにされていたのだから。


 拘束というよりも封印と言った方が正しいのかもしれない。少女は体のあちこちに御札が貼られ、札のついた細いわら縄で手首、腕、足が縛られ、何やら文字の書かれた包帯で目と口が覆われていた。

 包帯の方は知らないが、御札の方は長い間使ったことがあるから知っている。本当に効果がある札で呪いを抑える効果がある。

 それがこんなに貼られているということから現状がかなり厄介な事態になっていると察した。



「コォー……!」



 またあの呼吸法が出たが、このままでは何も始まらない。

 とにかく、動いてみることにした。









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