第4話 ふと思い出すような。

 彼女の部屋に入ると、そこには何冊ものアルバムや手入れの為の諸々が置かれている。他にはベタに漫画やゲームだが。


 かつて見慣れていたはずの部屋。今は懐かしさに胸が暖かくなるような心地がする。ここに来てから、どうにも僕は過去と共鳴しているようだ。


 忘れかけた思い出を思い出すと共にその時の匂いや感情がもう一度溢れ出してくるのだ。


 そんな事を考えていたが、彼女の声で我に返る。


「さてと、色々食い違ってそうだけど......私から話そうか?」

「いや、元々僕が何も言ってなかったんだし僕からでいいよ」

「冷静に考えれば私も悪いからそこはお互い様にしない?」

「そう、だな」


 確かにこの状況で、彼女の前で、過度に自分を責めすぎるのも良くないだろう。


 彼女は昔から、そういうことに深く傷つく人だったから。


 自分よりも他人が侮辱されることが許せない。誰よりも優しいが故に、その怒りでで自分が傷つくことすら厭わない。


 僕はそんなことすら愚かにも忘れていた。


「申し訳ないとかそう言うんじゃなくてほんとにお互い様。これからは隠し事はしない。それでいい?」

「ああ」


 もう隠す必要はないと思った。今の僕に色々問題がある事はさっきの件で分かったろうし、不安にさせたくもない。


 落ち着いてから僕は洗いざらい話した。


 これまでの事も、僕が抜け殻のように生きて来たことも、戻った時千咲を事故から救えると思ったことも、さっき助けられて安心していることも。全部話した。


「そっか」

「驚かないのか?」

「まあ、明らかに変だったし。そういう事があっても不思議じゃないなって。そう言うってことは、未来の蒼は知らないのか」

「何を?」

「私はもうすぐこの世界から居なくなるの」

「え?」

「昔からの病気でね。もう長くないって」


 頭の中が真っ白になる。彼女が、病気? ってどういうことだ?


「でも、本当にありがとう。助けてくれて」

「......」


 余りにも重すぎる事実が鉛のようにのしかかる。銃弾が胸をぶち抜いたようなそんな衝撃と虚無。


 何より僕はその事を少しだって知らなかったのだ。


「辛そうな顔しないで。さっきまで蒼が居た世界では私は世の中に何も残せなかったんでしょ?」


 残せなかった、僕がこういうことを言うのは烏滸がましいが、事実として彼女の写真は誰にも知られずにカメラとともに消えていったのだ。


「多分......」

「なら、死ぬにしてもこの世界での私にはまだ猶予が生まれたんだから。この人生で何も残せない、何も変えられない、そんなのは嫌だから。ありがとう」

「どうして......死ぬ事がわかってるのにそんなに強く在れるんだよ」


 まだやりたいこともあるはずなのに。悔しいだろうに。


「そりゃあ、やりたい事は沢山あるよ。でも私は小さい頃からの持病で私は時間が少ない前提で生きてきた。まさか中学生になれるとは思わなかったなぁ......」


 胸が痛い。隠されたこともそうだけど彼女はそういう世界の中で生きてきたのだという事実を突きつけられる。僕は何も知らないで無神経な事を口走っていたのかもしれない。


 誤魔化すように口だけが動いてしまう。


「どうして、僕に隠してたんだよ」

「ごめんね。私は性格悪いから、何も知らない君に泣いて欲しかった。後悔して欲しかった。我ながら最低だね」

「お互い様って千咲が言ったろ? なら僕も同じだ」

「ふふ、そうだったね」


 重苦しい空気が少しだけ軽くなる。僕らは多分こっちの方がいい。


「僕に出来ることは何かない?」


 少しでも手伝いたいと思った。何も出来なかった僕はこれから彼女の為にもう一度生き直すのだと、そう決意する。


「じゃあお願いするね」


 深い息が、緊張がこちらにも伝う。


「君は――私の遺す全てを見届けて」


 さっきと同じような内容だ。だけどねそこに込められた意味はまた違うのだろう。


「結局僕は見届けるだけか」

「そのだけが重要だよ。残り時間が少ないなら、せめてこの人生を懸けて遺そうと思ったの。私は誰かの胸を確かに打つ写真を、見た人が、こんなに綺麗なものがこの世界にあったんだって、ふと思い出すような写真を、遺したい」

「そうか。僕とは大違いだな。君は」

「そんな事ないよ。君もいつか何か大切なものを見つけるんじゃない?」


 今の僕にはそんな事を考える余裕はなかった。


 ただ、この眼に君を焼き付けたい。それだけを強く思う。


「ねぇ、私じゃ君の想い出にはなれない?」


 言うまでもない。


「なれるし。君は一生忘れられない、僕の全部だ」

「そっか。じゃあ、行こうか。今から撮る一枚は私の愛がこもってるから特別製ね」


 そう軽口を飛ばして彼女は足早に部屋から飛び出す。


「待てって」


 待ち受けていた事実は決して軽い物では無かったけど、見届けようと思った。彼女の人生も、彼女が遺すものも。


 それがこれからの僕が生きる意味だ。

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