第3話 馬鹿。
「でも、具体的にはどうするの? 君に何か出来る?」
彼女の言い方はらしくなく刺々しい。確かに未来はそう簡単に変わるものでは無いのかもしれない。だとしても僕はほんの少しの可能性に懸けたいと思った。
公園にある時計を見遣ると時刻は三時。事故が起きたのは三時半。
もう1分も争っている余裕は無い。
彼女の生死が僕に掛かっていると思うとプレッシャーで胸がじんじんと痛くなってきた。
構っていられるものか。
とは言ってもやる事は単純だ。
三時半よりも前に安全地帯であろう彼女の家か僕の家に辿り着く。
不甲斐なくて仕方がないが、これくらいしか思いつかなかった。
事故が起きたのは公園から彼女の家に行こうと移動しようとした最中のことである。
これを踏まえると、下手に道を出歩くのもリスクになりかねないし、かと言って公園にずっといるのも最善だとは思えない。
僕の家に行こうにもそもそも家が隣同士なので同じこと。
ならいっその事三時半になるまでは何も起きないと仮定するしかない。まあ、僕の頭脳ではの話だが。
結局、夢かどうかもどういう理屈で時間が戻ってるかも分からない以上、僅かな可能性に賭ける事しか出来ない。だけど、だからと言って可能性がゼロって訳でも無いだろう。
諦めるにはまだ早い、まだやれる。
「千咲、早く家に戻ろう」
「え、私まだここいたいんだけど」
「早くしてくれ」
「え? ほんとにどしたの?」
「助けるって言っただろ」
「はぁ......助けるってどういうこと......」
彼女は渋々と言った様子で立ち上がる。
「行こう」
「まぁ、わかった」
===
僕らの家は公園から歩いて五分圏内の距離にあるので行くのにさほど時間はかからない。
汗をかきながらせかせかと見慣れているけど懐かしい町を歩く。
もうすぐ家に着くし、彼女が事故に遭った地点は既に過ぎた。まだ気は抜けないが、多分大丈夫そうだと思いつつも冷や冷やしながら横断歩道を渡る。
その刹那だった。明らかに信号無視をしたトラックがこちらに迫ってきた。
咄嗟に彼女の手を引いて走り、その勢いで歩道に彼女を突き飛ばす。これはこれで危ないが、また彼女に目の前で死なれるよりマシだ。
どうせ無為に浪費するであろうこの僕の無価値な命に代えてでも彼女を救ってみせるしかないのだ。
トラックが迫ってくる。なのに何故だか足に力が入らない。重い。
そうだ、もういいのかもしれない。僕は彼女を救ったのだ。
悔いは無い。別に死にたい訳じゃなかったけど本望だ。
元々、あの事故からは何も無いロスタイムのような人生を送ってきた訳だし。仮に夢だとしてもただ目が覚めるだけ。だから、もういい。
「蒼!」
ふと、手が握られたと思えば僕は宙に浮いていた。全体重をかけて引っ張られ僕は歩道に投げ飛ばされる形となった。
受け身を撮る暇もなく、腰を派手に打ち付け、鈍い痛みが走る。
「馬鹿!」
見ると、千咲は怒っているようだった。
「どうしてさっき逃げなかったの? 見届けるって言ったのに」
「分からない」
またお決まりの逃げをした。
そうだ。僕はさっき自分勝手に死のうとしたのだ。自分の人生なんてどうでもいいと、勝手に妄想して。
「ごめん。元々、ただ僕は君を助けたかったんだと思う」
「自分が良ければそれでいい?」
今僕は確かに僕は目の前にいる彼女を傷つけたのだ。忘れるなよ。今目の前に誰がいるのか。
僕を大切に思ってくれる人がそこにいるだろうが。
「良くない、けど」
「なら!」
「分からないんだよ。僕には何も。何がしたいのかも、何ができるのかも」
「そう」
彼女は深呼吸し、再びこちらに視線を向ける。
「もういいや。私の前で死なないって約束して」
「あ、ああ」
「それで、全部話して。私も覚悟決める」
失いたくはないと、覚悟の籠った優しい眼を向けられる。
もう隠しては居られないようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます