第1話 秋の夢は君を連れた。

 僕の毎日は何をしても空虚に満ちていた。

 

 元々、自分が何がしたいのかも分からなくて明確な意志を持たずに生きてきた僕だが、幼なじみである春野千咲を事故で亡くしたことで何も分からなくなった。


 今思えば、彼女は唯一の友達だったのかも知れない。それを失って更に僕は空虚の奥深くに堕ちた。


 昔は周りとの関わりがゼロという訳ではなかったけど僕はどうにも意思だったり自分というものが希薄だ。


 そのせいで何となくの人間関係しか気づけなかったので引きこもり期間でおよそ全部の交友関係が消失した。本当に虚しい。


 結局、その穴が失意なのか悲しみなのかも分からぬまま、僕は彼女が死んでから学校に行かなくなり、今もこうして冷房をガンガンにした部屋で怠惰に時間を浪費している。


 最悪最低、社会のお荷物。そんな言葉が浮かぶ。それは確かにそう。学生にして理由もなく引きこもり、文字通り最底辺に落ちた僕は間違いなく最悪最低だ。あの青春のエンドロールはとうに過ぎ、僕だけは席を立たずにいる。


 過去の僕が今のこの有様を見たらきっと失望で笑うしかないだろうな。


 部屋の片隅に置かれた、彼女が遺したカメラを見遣る。彼女の死とともに、とっくに壊れたカメラ。SDカードからデータだけは取り出そうと思ったけどそれも破損していた。


 何故僕が持っているのかと言うと、彼女の母親から譲り受けたからだ。僕も詳しく追求はしなかった。その頃も、今も全部がどうでも良い。


 彼女を真似て所々ひしゃげたカメラを掲げてみる。シャッターを押すとパシャリと音が鳴った気がして――ふと、何となく、あそこに行きたくなった。



 何だかインスタント食品の買い出し以外で久々に外に出る気がする。


 僕は夜が好きだ。こんな時でも夜空は泣きたくなるくらいに綺麗で、夜の匂いは僕を世界を純粋に美しいと思えた過去へ導いてくれる気がする。


 秋の夜の熱すぎず寒すぎない丁度いい涼しさの夜風を浴びながら近くの公園へと向かう。


 小さな高地にその公園はあり、緑に周囲を覆われている。規模は小さいし、こんな時間には人も来ないけど思い出の場所だ。


 公園にある唯一のベンチに腰かけ、またもや彼女を真似て誰もいない夜の世界をレンズに写す仕草をしてみる。


 当然、何も起こらない。そう思われた。


 ――刹那、視界の全てが光を帯びた。文字通り、空が青い光を帯びて光ったのだ。


 直後に頭上に目をやると太陽が浮かんでいる。昼だ。


 さっきまで夜だったはずだから照度の差で目が痛くなる。


 一体どういうことだ? 僕はさっきまで夜の公園にいたはずだ。なのに今は真昼間である。


 更に一拍遅れて、カメラを持っていないことに気づいた瞬間だ。


「ねぇ、一緒に写真撮らない?」


 見間違える筈がない。あの時と同じ声と容姿。


 春野千咲が僕に近づいてきた。


「ち、さき?」


 僕は泣いていた。


 きっとこれは夢だ。意地の悪い神様が見せている幻覚だろう。


 だけど、だとしても、そんなことはどうでも良かった。もう一度君に会いたかった。声を聞きたかった。カメラを掲げる君をずっと見ていたかった。


 そんな胸に秘めていた感情が涙に変換される。絶対に会えないと思っていた人に夢で会える。それだけでこんなにも嬉しいだなんて知らなかった。


「蒼? どうして泣いてるの?」

「何でもない。何だか千咲がこの世界から消えた気がして」

「え? あぁ、そういう事か」


 彼女は何かを察したような表情をして、一呼吸する。


「ねぇ、未来から来たんだよね? 君は私が居なくなった、死んだ世界でどうしてる? 何を見てる?」


 夢だと言うには僕に都合が悪すぎるように思える。彼女はどうしてか、自らの辿る死の運命を知っているようだった。


「ごめん」


 僕はそれだけしか言えなかった。

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